内側の世界

寝ている間だけ、歯の矯正器具を付ける息子の寝かしつけに悪戦苦闘。何匹ものぬいぐるみをベッドに持ち込み、ひと遊びをした後、本人がパピーになり一芝居が待っていました。なぜか広島からトンネルをくぐってやってくる子犬のパピーという設定。「今日、隣のばあちゃんちの屋根を壊しちゃったの。」とパピーに扮した息子が伝えてきました。「どうやって壊したの?ちゃんと謝ってきた?」と私。「ブーメランを投げたら壊れちゃったの。パパとママに怒られると思って逃げてきた。」「それは大変!今日はここにお泊りしていいから、明日ばあちゃんにも謝るんだよ。」ととことん乗って大盛り上がり。お互い内的世界が充実しているので、どんどん話が膨らみ、その続きは夢の中なのかなとようやく寝てくれた息子の寝顔を見て思いました。沢山の疑似体験が、彼の優しさに繋がっていきますように。

そんな相変わらずの日常を送っていたある日、夕飯準備をしなければならないのに、気圧の変化で一気に気分が悪くなってしまい困惑してしまいました。それでもなんとか気持ちを奮い立たせ、息子に相談。「お母さんね、今気分が悪いから気を紛らわせる為に、ヘッドホンで音楽を聴きながらご飯を作ってもいい?Rの声はちゃんと聞こえるから。」と言うと、ドラえもんを見ていたのであっさり分かってくれてほっとしました。その後、YouTubeを聴いていたら、流れてきたのは大好きだったPRINCESS PRINCESSの曲でした。すると、中学時代が一気に蘇り、包丁を持ったまま泣きそうに。中3の時、まだ土曜日に学校があったので、好きな教科を選べる成績に関係のない選択音楽という時間がありました。3クラスあった中で、音楽の好きな人達が集うなかなか賑やかな授業で、音楽の先生はテニス部の顧問も務めてくれていた20代の先生。2年生の大好きだった担任の先生も音楽の先生で、産休で先生が変わるというタイミングで初めてご挨拶をした時のこと。職員室に用事があり中に入ると、二人の音楽の先生が引継ぎをしていて、担任の先生に呼び止められました。「S、ちょうど良かった。私の代わりに来てくれることになった音楽の先生。テニス部にも入ってもらうから、何かとお世話になると思う。いざという時、先生を助けてね。」「はい。よろしくお願いします。」そう言うと、ショートカットの可愛らしい先生も、柔らかい笑顔で挨拶してくれました。音大を出たばかりだということも分かり、S、頼んだよという担任の先生の心の声が聞こえてきて。どこまでも面倒見がいいんだよね先生、卒業まで任せてね、そんなアイコンタクトでその場を離れました。

その後、選択音楽でグループを作り、ミニコンサートをしようという話に。仲のいい友達とプリプリの曲をメドレーで歌うことになり、ソフトボール部でエースだった友達も入り、がたいの良かったキャッチャーがピアノを弾いてくれることになり、バッテリーがいてくれて嬉しくなってしまいました。そして、グループ名はみんなで決めた『ブリブリ』。選択音楽の時間が楽しみで、何を血迷ったのか姉からT-BOLANの曲が入ったカセットを借りてきて、授業が始まる前に音楽室で流すと、みんなが盛り上がってくれて。すると、テンション低めの音楽の先生が登場。「実は、音楽準備室の窓が開いていて、職員室に聞こえていたらしく、教務の先生に怒られちゃったの。みんな程々にね。」ああ、先生ごめんねとここはもう謝るしかなくて、でも、なぜか笑えてきてしまい、先生も一緒に笑ってくれました。もうしょうがないわね~という感じで。そして、ミニコンサートの当日、担任の国語の先生も、体育の怖い男の先生もなぜかギターを持って来てくれて感激。男子のギターグループが最初に盛り上げてくれて、各グループも終わり、トリを飾ったのはブリブリでした。ピアノを囲み、プリプリの曲を歌っていると、担任の先生が微笑ましく見ていてくれて、音楽の先生も満足そうで、その雰囲気があまりにも優しくて。そして、みんなの投票の結果、優勝はブリブリ。やった~!!「女子の華やかさには勝てないよな~。」とギターの男子が言うものだから、お尻に火がついてしまったのか、なぜか体育の先生が長渕剛さんの『巡恋歌』をど真ん中でギターを弾きながら歌い出し、ジャイアン状態。先生リクエストしてないし!と、誰もが心の中で思った瞬間でした。とにもかくにも、笑える状態で締めてくれたので、ミニコンサートは大成功。職員室でも話は広がり、他の先生も行きたかったと言ってくれたそう。音楽の先生が誇らしげに後から話してくれて嬉しかったな。

そして、テニス部、最後の夏の大会がやってきました。泣いても笑っても、集大成。保健の先生と音楽の先生が率いてくれたこのメンバーとも今日でお別れ。朝から沢山の気持ちがこみ上げてきました。他の部活からも弱小テニス部と言われ、絶対に一勝する!というのが目標でした。団体戦に選ばれ、3試合の中で2試合勝てば上に上がれるというルールの中、キャプテンのいるダブルスが勝ち星を上げてくれて、みんなの士気が一気に上がりました。2組目は負けてしまい、3組目いよいよ出番が来て相手選手達とウォーミングアップのラリーをしている時、フェンスの向こう側から、なぜか数学の教務の先生の顔が見えて驚きました。それでも、試合に集中する為、前衛のポジションに就き、自分のラケットに祈りを込めました。ここまでありがとう、先生達、仲間のみんな。自分の肩に、団体戦で一勝できるかがかかっているかもしれない。来た球を全部跳ね返そう、そんな気持ちで試合に臨みました。そして、開始の合図が。低めのボールが来た!その時ボレーをすると、思いっきり相手の後衛の正面に落としてしまい、それでもミスをしてくれたのでこちらにポイント。それを見た保健の先生が檄を飛ばしてきて。「S、正面に落とすな!」分かってるよ、先生。この言葉を何度言われたことか。「あなたが正直なのは分かった。でも、それをプレーには出すな!」みんなの前で怒られて、メンバーに笑われてしまったことも。相手の球が速すぎて正面に落とすのが精一杯なんだよ、でも全部返せばいいんでしょ!と完全にスイッチが入り、後衛の選手が打った球をボレーで返すの繰り返しを3回連続でした後、こちらの球が抜けてくれて、大歓声。その1プレーで流れが変わり、ゲームセット。緊張から解き放たれ、みんなが駆け寄ってきてくれて勝ったのだとようやく実感できました。そして、教務の先生が私の肩を叩きながら伝えてくれて。「テニス部が活躍してるって聞いて、慌てて学校から飛び出してきたんだよ。S、ボレーの応酬、凄かったな。いい試合だった。」いつもは数学の先生でちょっと固いのに、満面の笑みで喜んでくれて胸がいっぱいでした。二試合目は負けてしまったものの、強豪校相手に団体戦で大金星を上げた大きな一勝は、後輩に繋がる勝利に。真っ黒に日焼けした肌で、みんなで大泣きして喜びを分かち合い、引退をした日。
音楽の先生は、その一勝を胸に、今日も内側の世界から音を奏でているのだろうか。教員一年目のプレゼント、届いていたらいい。