今日という日を

段々暑くなり、息子の髪の毛も伸びてきたので一緒にヘアカットへ行くことにしました。ショッピングモールにあるお店に入り、意外と空いていて安堵。あっさり呼ばれたので、短めにお願いしますとなんとなくイメージを伝えると、明るい女性店員さんが笑顔で理解してくれました。その後、端の席でぼんやり様子を伺っていると、横から見た息子が白いヘアカット用のマント?!を身に着けているので、それがてるてるぼうずに見えてしまい、ツボにはまって小さく吹き出してしまって。一度そう思ったらもうその意識を遠ざけることは難しくずっと笑いを堪え、ようやく理容師さんが声をかけてくれたので、半笑いで近づきました。息子も納得の仕上がりで、二人でお礼を言って退店。来年はもう中学生、こんな風に付き合うのもあと少しだな。時間は戻らない、だったら今日という日を楽しもうよと思い、本屋さんに寄ってから、黒糖タピオカミルクティをテイクアウトし、回転ずしに入りました。そこで、なぜか小児科の先生の話になり、二人で大盛り上がり。「○○先生ね、子供の自然治癒力を信じているから、なかなか薬を出してくれなくて、いい意味で勉強になったし、小さい時は本当に面白かったよ~。」「そういえばボク、胃腸炎にもなったよね。」「そうなの。かなり大変で慌てて小児科に連れて行って、自分も移っている可能性を聞いたら、吐くだけ吐いちゃってくださいとか言われてね。もう笑うしかなくて。本当に生後間もない時からずっと診てもらっているから、もう11年お世話になっているよ。」そうしみじみ話すと、隣にいた若いご夫婦が、赤ちゃんを抱きながらこちらを見て会話に微笑んだことが分かりました。きっと同じ先生に診てもらっているのだと直感で思いました。優しい円が今日もできたよ、ふんわりそこに漂うつながり。先生、息子の主治医でいてくれてありがとう。

その夜、散々ゲームなどで楽しんだ後、息子を寝かし一人になると、なぜか随分前の記憶が音声だけ流れました。それは、まだネネちゃんが不妊治療をしていた20年ぐらい前の話。別居中ながらも、父が出向したことで丸くなり、母とも私なしで連絡を取り合うようになっていた頃、母が伝えてきた内容がありました。「M(姉)が私に冷たい時があって、親なのになんだと思っているんだ、あんな態度はないんじゃないかってお父さんに聞いてもらったことがあったの。そうしたら、Mも母親になったら親のありがたみが分かるだろうって。そう言ってもらえてちょっと嬉しかったわ!」その時がもしかしたら、一番両親に対して怒りで震えた時かもしれないなと。同時に何か自分の中で冷めたような、この人達本当にもう話にならないなと良くも悪くもどこかストンと落ちるものがあったような気がしています。私が傷つくのはいい、もう慣れているし、それこそそれなりに免疫もついてきた、でもお姉ちゃんをそんな風に傷つけるな。その時抱いた感情は、ネネちゃんがいつも私を想い怒りと悲しみを心の中で持ち続けてくれていたものと重なりました。こういった気持ちでいてくれたのだと。百歩も二百歩も譲って、母は本当に分かっていないからまあいい、でも父は分かっていない部分と母の間違いだらけの解釈に気づきながらも面倒くさいから合わせたふりをしているのが分かるから、父に対する怒りの方が強くて。お父さんが、子供の頃から私達のことを守ってくれていたら、痛みは最小限で済んだんだよ。お姉ちゃん、8年間不妊治療しているの。その間、ホルモンバランスは崩れ、自分は母親になる資格がないからうまくいかないんだと苦しんでいる、その辛さ、お父さんに分かる?お母さんに優しくされて育ってきたなら、お姉ちゃんも優しくできるよ。その葛藤を分かりもしないで、表面だけを見て決めないで。こんな言葉をぶつけに行ったところで、のれんに腕押しかもしれないし、そもそもネネちゃんが望んでいることじゃない。彼女はもうとっくの昔に、それこそ子供時代に両親のことは諦めている。それなのに自分のことで妹がまた傷つくかもしれない道を選ぶのは、やっぱり違うのだとその時思いました。でもね、その怒りはまだ私の中に角を取りながらも残っていて。本当に父の芯に届くと思えた時、元気玉が発動するのかもしれないな。そして、ふっと笑えてきて。父はきっと私の第三次反抗期に気づいている。思いっきり気づかないふりをされているし、それこそ心理戦みたいなことを二人の間で展開しているのだけど、こちらが伝えたいこと全部本当は分かっているのではないかと。父の親戚のお墓が千葉にもあり、母を連れてお墓参りに行き、その途中で寄ったとても綺麗な公園の写真を送ってくれました。自分が手術する前にやれることを。その姿勢が、父らしくもあるんだよなと、腹が立つこと盛り沢山なのだけど、その背中をずっと見てきたような気がしています。

母から、母の日に贈った焼き菓子のお礼メッセージが入りました。『ありがとう。二人、いつも元気でいてくれてありがとう。』その文面を読んで、お母さん頑張っているんだなと思いました。自分の視点ではなく、息子と私の視点でいようとしてくれていること、もちろんそこにはまだまだいろんな寂しさもあるのだろうけど、負の感情よりもありがとうを伝えてくれたこと、これが母の根っこにあるものだと信じています。
そして、ネネちゃん。去年の秋から、カフェの誘いを受けているのだけど、なんだかんだと先延ばしにしてしまっていて。いろんな答え合わせをしていて、その中で改めてあなたの深い愛に気づいたんだ、そして深い痛みも、辿った道も。もう少し陽の当たる場所で、一人で過ごしてから会いに行くよ。
父は、手術がんばれ。銀行員時代のお父さんの意地を知ってる。その強さを持って病と闘ってほしい。
息子へ、自分の羽を心で感じて。そうしたらきっといつの日か自由に飛べるから。
そんなことを思った今日、全てのことに感謝して、一日を終えることにしよう。