顎関節症が治らず、整形外科のリハビリの日がまたやってきました。前回と違う理学療法士の先生であることは名前で分かっていて、初対面でのご挨拶。50代の女性の方で、自信と貫禄がみなぎり驚きました。この先生、会った瞬間からこちらの姿勢などを鋭く観察されているなと。柔らかい雰囲気ではないのだけど、少し質問をされただけで施術が始まり、腕のいい方だと確信しました。首の痛みで苦戦しているのは分かった上で、肩甲骨や肩回りのストレッチなどが行なわれて。原因は別の所にある、点で捉えるのではなく、筋肉や骨が繋がっていることを改めて感じました。触られると、先生の思考がものすごい勢いで回転しているのが分かり、肌と肌の触れ合いっていろんなことを教えてくれるなと。そして、最後に立ち上がると、「左側全体に力が入っています。今日のストレッチを家でもやってみてください。」とだけ言われ終了。先生の頭の中には沢山の考えがあると思うのに、言葉数少なっ!とそのギャップに笑いそうになり、お礼を言ってお別れ。あまりあれこれ言い過ぎない、それもまた治療のひとつなのかもしれない。
理学療法士さんと言えば、祖父が脳梗塞で手術をした後、リハビリの施設に移され本当にお世話になりました。何度か入退院を繰り返し、私も関東に来ていた頃、帰省で祖父の病院へ向かうことに。すると、こちらの顔を見て喜び、今日もいろんなリハビリがあることを教えてくれました。おじいちゃんがどんなトレーニングを受けているのか知りたくて、看護士さんに聞いてみると見学させてもらえることになり、母と見守ることに。歩行訓練の後、ひとつの部屋に通され、言語聴覚士さんとご挨拶。物腰が柔らかい若い女の先生に、ほっこりしました。そして、何枚かの絵のカードを見せられたおじいちゃん。確か、若い方達と駅員さんと切符が描かれていて、連想ゲームのような問題が出されました。これは何を意味するかと。すると、「ええと・・・みんな仲良く・・・。」と祖父が言うので、いやいやそういうことじゃなくてとツボにはまってしまい、後ろで笑いを堪える始末。隣で肩が震えているので、母にも伝播してしまい、おじいちゃんと先生ごめんねと思いながら、和やかにリハビリは終わりました。なんかね、嬉しかったんだ。理学療法士さんも、作業療法士さんも、言語聴覚士さんも、祖父に優しく、ペースを大切にしてくれたことが。その人そのものを包んでくれているようで、過去も原因になったこともこれからも、大事に受け止めて自立を応援してくれようとするそんな気持ちを感じました。自分の専門に誇りを持っている、その姿勢に、司書であった私も沢山のものを受け取ったようでした。相手にそっと寄り添う気持ち。
最近、甲子園を観ていたら懐かしい記憶が蘇ってきました。高校3年の時、第一志望だった関東の大学も、姉が一緒に住もうと言ってくれた関西の大学もやめ、地元愛知の大学に進学しようと心を決めた頃のこと。その当時ネネちゃんの友達だった今の義兄が、出身大学のキャンパスを案内してくれたことがありました。姉は大阪だったので、大学の正門で待ち合わせて初めましてとご挨拶。フランクに話しかけてくれて、あたたかい秋の陽気の中で優しい時間が待っていました。キャンパスを案内され、一緒にキャッチボールをし、いい雰囲気を感じここに来たいと思って。でも、それだけじゃなかった、義兄はその時何気なく伝えてくれていた言葉がありました。「うちの大学、野球部が強いんだよ。」歴史を学びたかった、担任の先生には関東か関西の方が選択肢は広がると言われた、でも地元に決めようと思った。その選択は誰の為?10年後も20年後も後悔しない自信はある?何度も何度も自問自答しました。他の誰でもない、自分が決めたこと、自分の意志で決めたこと、だからもう迷わないでいようと。そんな時、キャンパス内で野球部が強いと教えてくれた義兄がいて、そのひと言が決め手だったのかもしれないなと改めて思いました。霧が晴れるのはこんな時。プロ野球選手などになったOBの方達もいて、名前を見かける度、自分の青春が蘇り、選んだ道は正しかったのだと思わせてくれました。大学合格が決まった後、2年の時に担任だった野球部監督の元にも報告へ。「先生~、○○大学に決まりました!野球部強いみたいです。」「おお!おめでとう!うちの部員、そういえば誰も入らなかったなあ。落ちたのか?!」そんな話でわいわい。そして、仲良くなったエース君は他大学に入学後、電話をかけてきました。「今度の練習試合、Sの大学と対戦するんだよ。みんなうまくて正直ビビってる。」お酒が入っているのは分かっていて、だからこそ話せた本音に微笑みたくなりました。それもひっくるめて今を楽しみなよ、監督ね、そういう電話を私にかけてくることまでお見通しだったよ。アイツはエースとしてみんなを引っ張ってきた、でもスポーツ推薦で野球部に入ったらみんなが上手く見えて壁にぶつかるだろう。そんな時話を聞いてやってくれないか。○○と話したら、高校時代のことを思い出して、またそこから頑張ろうって自分を取り戻せる気がするんだ。頼んだぞ。頼まれましたよ、先生。そんな会話が頭を過ぎり、酔っぱらいのエース君の話をうんうんと聞いていました。「ねえ、甲子園予選の9回表にさ、同点に追いつかれてちょっと肩を落とす背中を3塁側のアルプススタンドから見ていたの。でも、その後気持ちを切り替えてナイスピッチングでサヨナラ勝ちに繋がった。その時の投球、忘れないでいて。」「うん。そうだな。みんないいヤツだよ。」ライバルだけど、大切な仲間。先生が伝え続けた想いは確実に届いてるよ、そんなことを思った深夜の電話でした。点ではなく線、いろんな場面で野球はそばにいたんだな。
「Sちんは、家族の為に自己犠牲で行きたかった大学を諦めたんだよ。」そう何度も言ってくれたネネちゃんの言葉を完全否定したい。野球部が強かったこと、それが一番最後の決め手だったと話したら、笑ってくれるだろうか。大学野球も観戦するぞ!神宮球場へ行かなくちゃ。