世代を超える

私が図書館司書になった沢山のきっかけは以前お話したのですが、教員に憧れた小さなきっかけとなったのは、『愛という名のもとに』(1992年1月~3月、脚本:野島伸司、フジテレビ系)という鈴木保奈美さん主演のドラマでした。
私立男子高校の先生で、勉強が中心の校風の中、放課後に一緒に走ろうと生徒達に一生懸命声をかける姿がとても優しかった。勉強さえできればいいという雰囲気で、誰も聞いていない孤独の中、「もっと周りの景色を見てほしいの。」と訴え続け、毎日走る先生の様子を見て、最後の最後で、クラス全員の男子生徒がジャージを着て待っていた姿は、本当に感動的でした。

その主題歌を歌っていたのは、浜田省吾さん。『悲しみは雪のように』という曲は、観ている視聴者の心の中に自然と浸透していきました。ただ、なんとなく私の中でメロディが先行してしまうところがあったのですが、改めて聴いてみると、歌詞の優しさに泣けてきて。

その当時は、小学校6年生だったんじゃないかな。歌詞の意味をまだまだ理解できる年齢ではなかったのかもしれませんが、26年前にこの曲の意味をもっと深く感じていたら、沢山助けられただろうなと、今になって思いました。

姉のその当時の恋人が、浜田省吾さんの熱烈なファンで、私もCDを借りていたので、よく聴かせてもらっていて。20代の方であれば、もしかすると親世代がファンだったかもしれませんね。ギターとサングラスの似合う、格好いいアーティストです。

親が車の中で聴いていた曲を、子供ながらに耳にしていて、意味は全然分からないのに、大人になって聴いてみると、懐かしさと共に、親の姿が一瞬よみがえる。その曲の意味に触れて、溢れそうに。そんな方もいらっしゃるのかもしれません。

私の両親は聴いていなかったのですが、やはり姉の元カレをふと思い出していて。大学受験に失敗して、浪人生活に入った時に、なぜか予備校近くまで姉と一緒に会いに行ったことがありました。ひげも剃らずに、淀んだ雰囲気で、快活だった高校生の頃とは随分イメージが違い、色々なことを感じました。
“もう俺のことは忘れて、華やかな学生生活を楽しみなよ”
姉に態度で言っているようで、なんだか切なかった。きっと浜田省吾さんの曲を励みに、一人で頑張っていたんだろうな。

そんな元カレが、都内の一流イタリアンの店長になったから、ちょっと良かったら行ってみてと姉に言われ、友達をランチに誘って、本当に来訪。「お前かよ!!姉貴にどこかで似ているな。お前の方が柔らかいけどな。」と爽やかに笑ってくれた時、彼の晴れ晴れとした表情の裏側にある、今までの苦労が垣間見えました。立派な人に感じる、積み上げられた努力の数。

想い入れのある曲を聴いて思い出すのは、自分のことだけではなく、影響を与えてくれた人。
世代を超えて時を経て、改めてこの一曲の価値の大きさに気づく。
自分を許すということ。そして、誰かを許すということ。