嵐が去った後

台風がやってきているという日、朝練にはいつも通りに行ったものの、関東にも接近するということで学校からメッセージが入り、1時過ぎにびしょ濡れになって息子が早く帰ってきました。そして、タオルを渡し週末の予定を聞いてみることに。「明日は大会みたいだけど、お弁当は必要?」「うん。」まだまだ暑い時期、夏休み中のように半日の可能性が高いだろうと思っていたこちらの読みは外れ、若干慌てました。そんなこともあろうかと、冷凍食品を常備していて良かったと安堵しながら冷凍庫を開けることに。すると、いつも入っているはずのミニゼリーがない!と大騒動。「お弁当の時に毎回入れているゼリー、全部食べちゃったでしょ。」「・・・うん。でもそんなに重要?ボク、無くてもいいよ。」その言葉を聞き、一拍置いて深呼吸をしながら伝えることに。「重要なの。冷凍したゼリーを入れておくと保冷剤代わりになるし、少し糖分を摂ることで試合の疲れを取ってくれたりもすると思うんだ。ちょっとしたことなんだけど、今までずっと入れていたから、今からコンビニで買ってくる!」「え~!大雨だったよ。」「大した距離じゃないから。風も吹いていないし大丈夫。」そう言って、さっと家を出ました。許容範囲の雨にほっとし、不思議な所でこだわりが強いんだよなと自分に笑ってしまって。そして、ゼリーと息子の夜食をかごに入れると、最後に見つけたのはプロ野球チップスで、喜んでゲットし無事に帰りました。「ママ、ありがとう!」いいパフォーマンスをしておいで、その気持ちは伝わったよう。人の想いを感じた時、意外な力が発揮されたりもするんだ。それは、顧問の先生もきっと同じ気持ち。

翌朝、お弁当を作り、見送ってから一人になるとすっかり外は晴れ、懐かしい記憶を連れてきてくれました。それは、まだ実家にいて塾の講師をしていた時のこと。一浪し国立大学を卒業した同僚、彼女の中で何かが燻ぶっているのを密かに感じていました。そして、吸い寄せられるかのように仲良くなり、お互いのことを少しずつ話すように。そんな中、弟君のことを伝えてくれて。実は弟が二人いて、真ん中の弟が困った彼女と付き合い、別れ話をすると深夜に家の前までやってきて騒ぐから家族もみんな困惑していて、結局別れられないでいるのだと。弟は高校を中退して今バイトをしている、人がいいから彼女に振り回されて、家族がどれだけ説得しても状況は変わらないから、一度弟に会ってもらえないかな。Sちゃんは何か違う、弟もSちゃんの話は聞くと思うんだよ。こんなことをお願いしてごめんねと。仕事終わりの深夜だったら時間があるから、弟君と会ってみるよと引き受けることにしました。そして、本当にファミレスの前で待ち合わせ。すらっと背が高く、イケメンで、でもどこか自信なさげで何とも言えない人の良さは隠しきれませんでした。ご挨拶をし、店内へ。正面に座り、モデルでもいけるんじゃないかとこちらが率直な感想を述べると、笑ってくれて。アイスブレイクできたかなとお互いドリンクを飲みながら、ゆっくりと本題に入っていきました。まずは、彼の気持ちを聞こうと。別れなさいと言いたくなるご家族の気持ちも分かる、でもただそれだけを伝えていては逆に反発もしたくなるのではないかと。大切なのは、彼の奥にある気持ちに寄り添うこと、そう思いました。俺がいないとだめで、彼女は弱くて、離れようとすると死んでやるとか言うから、まあ落ち着けといつもそんな感じなんですと。「優しいんだね。」そう話すと、彼の気持ちが少し和らいだのが分かりました。この人にはもう少し話せるかもしれない、そう思ってもらえたのか、今まで言えなかった苦しい胸の内を伝えてくれて。こんな俺だけど、彼の心の中にいつもこの気持ちがあるんだろうなと。もっと自信を持ったら、何かが好転するのではないかと、話を聞いた上でこちらが感じたことを言わせてもらいました。彼女を突き離そうとしないあなたの優しさはとても深いと思うこと、でもそれが時に彼女の為にならないこともあるのではないかということ、別れるのが難しいということもなんとなく分かる(これは母のことで痛感しているが自分の話は置いておく)。あなたが目標を持って何かを始めたら、変化があるような気もする。話していて、とても頭がいいと思った、やっぱりDNAだねと。そのような話をすると、タバコ吸ってもいいっすかと言われ、緩んでくれたのが分かりました。ずっと一人でいたんだなと。誰かといたのに、彼はきっと孤独だった。お礼を言われ、一緒にファミレスを出る頃には表情が変わり、猫背だった背筋は伸びていて、なんだかこちらの方が励まされたようでした。私も頑張ろうと。
その後、同僚の友達から、なんだかよく分からないけど、Sちゃんと話して楽になったと弟が話してくれた、ありがとうと伝えてくれました。それから、大学検定を受け、国立短大に合格し彼女とも別れることができたと。遅過ぎることなんてないんだよ、彼の決断に本当に嬉しくなって。さらに、お母さんもお礼が言いたいと言っていて、福井のおばあちゃんちに車で行くから、今度一緒に行ってくれないかと友達に週末誘われ、せっかくなので同乗させてもらいました。お母さんにもお礼を言われ、一体あの子に何を伝えてくれたの?あんなに頑なだったのにと、とても不思議だったよう。彼が話してくれた内容は第三者の私だったから言えたこともある、そしてそこには勇気が必要だったことも。だから、話せることだけ伝えました。お母さんは改めて安堵し、向かった福井。可愛らしいおばあちゃんに会い、温泉に浸かり、ご家族のぬくもりに触れ帰宅。そして、一番下の弟君が、私が聴講生として心理学を学んでいる出身大学への入学が決まったと教えてくれて、講義がある時に車で通過する際、最寄駅から電話を入れてみることに。「ちょうどバスを待っているところで、友達もいいっすか?」と言われ、笑いながら承諾。そして、黒のシビックフェリオに現役男子大学生君が二人乗ってきました。なんだかキラキラしていて。あっという間に大学の正門へ。「ありがとうございました!」「大学生活楽しんで!」そう言ってお別れ。このご家族に会っていないのはお父さんだけだな、なんて面白いご縁、そんなことを思いながら歩いたキャンパスでした。

そんな経緯があったからこそ伝えてくれた彼女の言葉、司書講習があるなら自分の為の選択をしてほしいと。「私達家族も、助けられてきた。今度は、Sちゃんの番だよ。」その想いに、どっと溢れそうでした。嵐のような大学4年間を過ごしてきた、その後にはこんな優しい波の時間が待っていたなんて。司書資格を取り、大学図書館での勤務が決まったと久しぶりに彼女に連絡すると、元々国語の教員免許を持っていた友達は、小学校の教員になったと教えてくれました。その時、彼女の中で燻っていた何かが消えていることを感じて。友達もまた迷いの中にいたんだなと。私は司書に、彼女は教員に、それぞれ別の道を歩き出した。でも、交われたその時間を思うとお互い全く同じ気持ちでいるのは分かっていて。出会えて良かった、ここに全てが詰まっている。