雲のようにゆらゆらと

息子が中学校のイベント、都内の散策で、浅草の人形焼きと集めている豆しばのぬいぐるみを買ってきてくれました。これまたタイムリーなおみやげに歓喜。「人形焼き、大好きなんだよ!ありがとう。豆しばもいて良かったね!」とわいわい。蒸し暑かった、疲れたとわーわーうるさかったものの、充実感があったようで嬉しくなりました。「お昼ご飯はどうしたの?」「班のみんなでサイゼリヤ!」今時の中学生らしいと言うべきか、そのチョイスに笑ってしまって。そして、平和祈念展示資料館にも行ってきたと話してくれました。あなたのひいじいちゃんは戦地に行って捕虜になり、大変な思いをして帰ってきてくれた、だから今の私達がいるという話は何度かしていてもピンとはきていなかったよう。それでも、もらってきた資料を片手に少し説明をしてくれました。「ひいじいちゃんってどれぐらいの間、戦地にいたの?」「すさまじかったから、本人もよく覚えていなかったの。凍り付く寒さの中で重労働をさせられていたからね。」「ふ~ん、そうなんだ。」おじいちゃん、この会話届いていますか?少し顔を上げたら、祖父の気配が一瞬感じられたようで、嬉しくなりました。本当は、自分でひ孫に伝えたかったよね。でも、代役は引き受けた。諦めるのは簡単なこと、でも希望を捨てたくはなかった、その気持ちは私の中で流れ続けている。

明け方、随分リアルな夢を見ました。まだ実家にいた頃のことなのか、急に父が今から出かけるぞと言い出し、母の機嫌は悪くなり、私が慌てて準備を始めようとすると言われて。「お姉ちゃんがこんな素敵なプレゼントをくれたの。あなたからは何もないのに。」そう彼女から言われ、ただじっと俯く自分がいました。姉と祖父の雰囲気をどこかで感じながら、クラス会に行くことさえも躊躇い、でも個別に誰かとだけは会おうかと思っていると、アラームの音がして。今回は、目覚まし時計に助けられたな、それにしてもどうして家族の夢を鮮明に見たのだろうと寝ぼけながら起きてくると、はっとして。今日は、祖父の命日でした。何かそこにメッセージでも込められていたのかなと、そんなことも思って。深層心理、この夢の中で唯一の救いは、凹んでいても個別に会いたいと思う友達がいたこと。マブダチK君だ、すぐに答えは見つかって微笑みたくなりました。夢の中でも助けられるとはね。名古屋に向かって手を合わせる時間。祖父が他界して13年、何も変わらず語り掛ける毎日があって、姉の言葉が思い出されました。お墓とか、そういうことじゃなくて、おじいちゃんのことを忘れないでいること、それが一番大事なんじゃない?Sちんが何かに守られているって、そういうことなんだと思っているよと。深いな、改めてそう思いました。うちの家族、私も含めてそれぞれが抱えていた課題があり、きっとそれは今も続いていて。でも、確実に言えるのはその当時よりみんな軽くなっているということ。自分自身で、処理できるぐらいの量になっているのではないかと。だったら、今はこちらが動くのではなく、私も息子とのタスクに集中しようと思いました。心と体の健康どちらも大切、芯をしっかり持っていたら、大きく崩れたりしない。それを実践しようと調子に乗って強めのストレッチをやっていたら、ぎっくり腰になってしまった。いやいやちょっと洒落にならないよというレベルで痛かったのだけど、息子にも助けられ、意外と復活も早かった。こんな姿を見せるのもありじゃないかと、時に開き直ることにして。失敗を失敗で終わらせるものか。

2002年、大学を中退して車の旅に出ていた、マブダチK君に連絡し、静岡の温泉に一泊したいから、もし都合が良ければ片道だけ送ってくれないかとお願いをしました。すると、その場で快諾をしてくれて。「言っとくけど国道1号だぞ!」「はいはい。お母さんとカナダに行く時もそうだったから、知ってるよ。」そう言って、その時も確か深夜に出発。黒のタバコ臭いスカイラインが家に横付けされ、助手席に乗せてもらいました。国1、前回は母も一緒だったのに同じ道を今度はK君と二人だけで走るんだなと。そして、気に入った茨城の様子を話してくれました。大学中退したのにみんなが優しくて、また頑張ろうって思えたとしみじみ語ってくれて。「俺さ、行く場所行く場所で、Sのこと考えていたんだよ。なんでアイツ、投げださないんだろうなって。夕日綺麗でさ、Sは景色をゆっくり見られる時間持てているのかなって。旅に出て、見ず知らずのフラフラしている俺に、優しくしてくれる人達がいて、それがすっごく嬉しくって、少しだけSの気持ちが分かった気がしたんだよ。苦しい時に助けてくれた人の言葉や気持ち、Sは大事に持ち続けているんじゃないかって。そういうのって絶対忘れないだろ。辛かったらなおさら。そういうのが沢山詰まって、今のお前がいるのかなって思った。名古屋を離れたから、気づけたことがあったよ。」タバコをふかし、少しだけ丸くなったK君が隣にいて。煙までもがふわっと丸く包んでくれているようでした。なぜ一人旅なのか、彼はぼんやり気づいてくれていて。Sが自分とだけ向き合う時間なんだろうな、大学の卒業前にということにもきっと意味がある。片道だけ送ってと言ったことにも。でも、寂しくないか。静岡の網代が目的地、熱海が見えてくると言葉にしない彼の気持ちが聞こえてきました。「送ってくれてありがとう。ここで大丈夫。」「うん。気を付けろよ。何かあったら電話しろ。」そう言われ、バイバイ。すると、傘を置き忘れたことに気づき、ほぼ同時に電話を掛け合っていてツーツーの音が。そして謝りながら再会し、受け取りました。もう少しそばにいようか、表情がそう伝えてくれていて。何度もありがとう、そう言って背中を向けました。その時、K君は数時間熱海周辺に留まってくれていた、今でもそんな気がしています。何かあった時に駆けつけられるように。なんか俺、あの時の別れは切なかった、後日散々言われて名古屋で笑い合った日が懐かしい。感謝の旅は、ずっと続いているよ。そしてもらった優しさはタンクでいっぱいだから、溢れ出した想いは記録に残している。
網代に泊まった翌日もどんよりしていて、午後になり、見事な快晴の中、熱海の海岸線を一人で歩きました。その時の、空の色、ふわふわの白い雲を残したくて、道行く人に写真を撮ってもらって。ね、ひとりじゃなかった。目的地があるようでなかったのんびりな時間、弱ったらまた日射しを浴びに行こうか。その日からまた一歩踏み出せるかもしれない。