息子が学校から持ち帰ってきたのは、休校明けに描いた廊下に貼られていた一枚の絵でした。まだまだ慣れないクラスで、どこかで孤独と戦いながら、久しぶりの学校の雰囲気に馴染もうと頑張っていた頃。クレヨンで塗られていたのは、私と公園でサッカーをしていた風景でした。顔しか描けなかったのに、いつの間にか体が描けるようになり、曇り空の中でトンボ二匹が飛び交っていて・・・。ん?この時期はまだ春じゃないか?!というツッコミは控えることにして。時が経って戻ってくる思い出もいいものです。タイトルは『サッカースペシャル』。何がスペシャルだったのだろうか。
そういえば、幼稚園の年中が終わる頃、担任のH先生がその一年で描いた絵をまとめて渡してくれたことがありました。それを受け取り、インド人の友達が後日笑いながら相談をしてくれて。これっていつまで保管しておくものなの?と。「平べったいからうちでは部屋の端にとりあえずまとめて置いてあるけど、さすがに捨てたい時は写真を撮るといいよ!工作なんてどんどん場所を取るから。Rとこれで何度本気の喧嘩をしたか分からない。」そう話すと公園で笑ってくれました。毎年元旦に必ず年明けのご挨拶をシンガポールからLINEでくれる律義な友達。日本人よりも日本人らしい彼女が時々恋しくなる。最後に泣きながらハグしたぬくもりは、体に染みついたまま。
そして、なぜだか急に思い出されたのは、オーストラリアで短期留学をした時に出会った、日本人の男子学生さんでした。留学先の初日、オリエンテーションでなんとなく仲が良くなり、もう一人の女友達と三人で、がっつり日本語を話しながら学校周りを皆で散策。茶髪でチャラいにいちゃんかと思わせて、中に一本芯が通っている人だなというのが第一印象でした。何度か話すうちに、すっかり打ち解け、ある時自分の話をしてくれて。「俺さ、関西の大学を出て、ばあちゃんが一年間の留学費用を出してくれたからここに来たんだ。皆が就職活動している時に、なんか俺だけ余裕な感じでさ。お前はいいよなっていろんな人に言われた。実際大した苦労をした訳でもなく選んだ道だから何も言えなくってさ。でも内心どこかで悔しかったんだ。だから、頑張って語学を磨いて、少しでもその経験を活かして働いて、ばあちゃんにお礼がしたいなって思った。ずっと日本にいた時からもやもやしていたんだけど、今Sさんに話せて明確になった。俺、頑張ろうと思う。」「うんうん、人は人だよ。いろんな理由があって、皆ここに来ているんだから、自分が胸張って帰国できたらそれでいいんだと思う。まだまだ若い、本当にこれからだよ。頑張れ!」超おねえさんモードで伝えると笑ってくれました。「で、Sさんはなんで留学しようと思ったの?」「大学図書館で働いて、英語が通じなくて自分のあほさ加減に気づいたから。というのは表向きの理由で、一度全く知らない場所で立ち止まりたかったんだ。なんかさ、ずっと走ってきたような気がしてね。」「そうか。Sさんが選んだ道、俺も応援する!」気持ちのいい人だな、そんなことを心の中で呟きながらその日はお別れ。
そして、ホストママに、夜は何時に帰ればいい?日本人の男友達と最後の晩餐をしようと思うんだ、そう話すと笑って言ってくれました。「何時まででも大丈夫よ!いい時間になるといいわね。」と。その言葉があまりにも優しく、それだけで胸がいっぱいでした。パソコンから時間や場所の連絡を取り合い、夜に台湾料理店で待ち合わせ。彼が選んだのは杏露酒だったかな、私はジャスミンティで乾杯。最初からいい感じでお酒が入った彼が、たまには私の弱音も聞きたいと色々言ってくれるので、場の雰囲気のまま話しました。「なんだか私、男性を見る目がないのか、どうも恋愛は向いていないのかも。色々凹んで今に至ってる。」そうしょげながら笑って伝えると、微笑みながら言ってくれました。「俺まだ出会って大して時間経っていないけど、すっごく話しやすいし、人の話真剣に聞いてくれるし、何にも自信無くすことないって。6歳下の俺が言うんだから間違いない。素敵な女性だなって思うよ。」異国の地で、お酒の回った若い男性にこんな言葉をかけてもらえるなんてね。人生捨てたもんじゃないな、これからだよね、これから。ありがとうね、なんだかあなたに救われた。
その後、彼はほろ酔い気分のまま、ブリスベンの夜の街を二人で散策。そこへ道に迷った一人のおばあちゃんが英語で尋ねてきて、格好よく英語で説明している彼を見ていました。来た当初は全く話せなかったのに、1か月で随分凛々しくなっていて、こっそり感動。そして、最後に聞いてくれました。「Sさん、オーストラリアに来て良かった?留学して良かった?」「うん。もう一度日本で頑張ろうと思ったよ。辛くなったらここでのことを思い出すよ。○○君と一緒に台湾料理を食べて笑い転げたこともね。帰国したら、びっくりする程貴重な時間だったんだって思うんだろうね。」「それが聞けて良かった。なんだか1年もいると、途中でめげてしまわないかとか日本に帰りたくなるんじゃないかと思っていたけど、俺もやれるだけやってみようと思う。この場所で出会えて良かった。」それから、別れの握手。「最後に一つだけお願いしてもいい?」「何?」「帰国したらタバコを送って。」「いやです!!」今いい感じの別れ際だったのに~、最後にチャラい一面を見せてくれるのは反則だと思いながら、一緒に笑ってしまいました。そして、大きく手を振ってバイバイ。いい旅を。ほんの短い期間だったけど、楽しいひとときをありがとう。
今彼はどんな人生を歩んでいるのだろう。悔しくって挫けそうな時、ブリスベンの夜景を思い出しているのだろうか。