気持ちのいい変化

当初は1000字で一つの記事をまとめようと思っていたはずが、A4のWordに気が付くとぎゅっと詰めるようになり、自然な形で1500字。そして、緊急事態宣言がいつ出されるだろうと、沢山の方が不安を抱える中で、ぐっとアクセルを踏み込んだ3月。A4サイズで自分の気持ちが収まる訳もなく、溢れ出した気持ちと共にはみ出した2000字。それ以来、文字数を戻す気にもなれず、その時に踏み込んだその感覚をずっと持っていたくて、この数字で走ることにしました。大変な状態は今も続いている、だからその時の想いのままに、画面の向こう側の方達を大切にしていきたいという気持ちに変わりはないから。

息子の体調が崩れた2月末。学校の休校のニュースがスマホに飛び込み、自分も調子が悪い中でプログラマーのMさんに届けたメッセージ。『可能な限り公開するので、みなさんも頑張ってください。』この言葉を、ホーム画面の上にあげてほしい。もし途切れてしまっても、この一文が皆さんのささやかな励みになってもらえるなら。ギリギリの状態で送ったその言葉を、彼がとても大切に受け止め、3か月間載せてくれました。「分かったから、できるだけ休んで。」意地なのか、信念なのか、それを誰よりも分かってくれているMさんとの短いやりとり、苦しい時だからこそ堪らない時間でした。

そして、ふと思い出したシェアオフィスの仲間、ITエンジニアの方の言葉。「2000字ぐらいあった方が読みごたえはありますよ。僕は、画面やシステムのアドバイスならできるけど、あまり大したことは言えなくてすみません。でも、何かあったら相談してくださいね。」人を大切にする人の言葉だなと嬉しくなったことが蘇りました。そして、最近笑顔で挨拶を交わすと、席に近づき、「コーヒー飲めますか?」とドリップコーヒーを渡そうとしてくれて。「カフェオレしか飲めなくてすみません。ありがとうございます。」と謝ると、そっと微笑み、気にしないでという気持ちを込めながら離れてくれました。なんとなく元気がないと感じたからこそ明るく私が挨拶をしたことを感じ取ってくれたのだと分かり、そのお礼をその場でしてくれようとした気持ちに胸がいっぱいに。人との関わり、そんなに濃くなくても、長くなくても、届いてくれるものがあるのだと、こんな時だからこその優しさを、色々な人から学んでいるような気がしています。シェアオフィスのシェアは、オフィスだけでなく心のシェアだと思わせてくれるこの職場が好き。

とても強くて優しかった祖母。乳がんの入退院で、自宅にいてくれる時はいつも甘えていました。「おばあちゃん、今日そろばん教室なんだけど、行きたくない。」「あらあら、チョコあげるから行っておいで。」お菓子でつるの?と子供ながらに笑えてきて、渋々通った小学2年生。肩こりが酷い時は、祖母の肩に小さな手でトントンして、そんな時間がとても好きでした。亡くなったという訃報を聞いても、実感が湧かず、親戚やご近所の方、父の職場の方まで来て頂き、子供らしくしっかりしないといけないと姉と変に気を張って、一通り終わると、ぽっかり穴が空いてしまったようで。日常に戻ると、単身赴任をしていた父は岐阜へ、そして久しぶりの小学校へ。少しずつ、本当に少しずつ祖母がいなくなった実感が湧いてきた掃除の時間、ポロポロ泣き出す私に皆が驚き、聞きつけた若くてかわいい女の先生が頭をなでながら聞いてくれました。「Sちゃん、どうしたの?」と。その声があまりにも優しく、余計に泣けてきて。「おばあちゃんが、おばあちゃんが死んじゃったの。」そう言ってひっくひっくしながら泣く私の手を握り、状況が分かった先生は、集まってきた皆に伝えてくれました。「Sちゃんね、最近学校休んでいたでしょ。それはおばあちゃんが亡くなったからなの。大好きな人がいなくなったら寂しいよね。時間が経って、悲しくなってしまったんだと思う。みんなもその気持ち分かるよね。」そう言うと、教室掃除だったみんなが、「悲しいよね。」「辛かったね。」と声をかけてくれました。泣き止みたいのに先生の手も言葉も優しくて、クラスのみんなも温かくて、葬儀中に泣いたものとは違う、もっと心の奥底にあった悲しみをそこにいたみんなが包んでくれたようで、その時ようやく祖母とお別れができたような気がしました。

悲しみを受け入れたその先にやってきたのは、優しさからもらった強さ。今度は祖母の代わりに私が母を守る。おばあちゃんと約束したから。「お母さんね、弱い人なの。でも優しい所もあるのよ。おばあちゃんがいなくなったら、Sちゃん、お母さんのことをよろしくね。」「うん、分かった。」
途方もなく大変なことを引き受けてしまったのかもしれない、でも、祖母からもらったとんでもなく大きな愛が根底にあったから頑張れたのかも。祖母の前ではわがままだった私が、母を守ろうとわがままをやめた時。苦しくて長い旅の始まり。でも、その中で助けてくれた人達を思うと優しさがまた溢れ出します。甘えられるのは一人じゃないのだと、わがままを言って喜んでくれる人がいて、自分の為に泣いてくれる人がいて、挫けそうになる私を支えてくれた沢山の人達。
心から笑った表情を見せるのが一番の恩返しなら、無理して笑うのは止めて、お腹がよじれて泣き笑いする日を待つことにしよう。もう、とことん自然体でいる。