ようやく2学期の生活も落ち着いてきたので、溜まっていた雑用をこなそうとあれこれ思考を巡らせました。息子が、自転車の鈴が壊れたと言い出したのは夏休み前のこと。いつもお世話になっていた自転車屋さんがなくなってしまい、遠方までサイクリングしながら直しに行こうよと誘っても本人に断られる始末。これは一体どうしたものかと。私が彼の自転車に乗り一人で行く?いやあ、スポーツタイプでちょっと怖いんだよなとぐるぐる。そんな時、ふと思い立って検索をかけてみると、随分近くに自転車屋さんを発見。息子の自転車を引っ張っていくと、気のいい店主さんが応対してくれて。自転車に合う色の鈴を選び、あっさり取り替えてもらい、灯台下暗しとはこういうことを言うんだなと笑えてきました。どうしようかなと考えていたこの1か月は何だったんだと、まあそんなものだよね。そんな時、高校時代のことが思い出されて。駐輪場が隣だった同じクラスの女の子が、話しかけてくれたことがありました。「自転車を入れる時、Sちゃんの自転車にぶつかっちゃって鈴を壊してしまったの。ごめんね。だからこれを使って。」そう言って見せてくれたのは二つの鈴でした。頭の中は常にパンパンで、鈴が壊れたことなんて全く気付いていなかったので、逆に彼女の気遣いに驚いて。そしてまさかの選択肢!「全然気にしないで~。そんなのはお互い様だから。二つも買ってきてくれてありがとうね。本当に大丈夫だよ。」そう言っても譲らないので、有難く一つを選ばせてもらって。その後、行きつけの自転車屋さんで取り付けてもらい、なんだかほっこりしました。それから少し後、とても控えめだった彼女は学校に来なくなって。中退したことが後から分かりました。その人にしか分からない苦悩がある、いろんなことに気づく彼女だったからこそ、厳しい校風がきつかったのかもしれないなと。鈴ありがとうね、高校卒業まで共に走ってくれたお守り、友達は笑顔を取り戻せているだろうか。
息子と社会のテスト勉強中に、『寺子屋』というワードが出てきて、ネネちゃんとの会話を思い出し、ちょっと吹き出しそうになりました。司書の資格が取れた時、姉にどこかの小さな島で図書館でも作ったらどうかと言われた話は、前にもさせてもらったこと。その話にはまだ少し続きがあって。「その小さな図書館の隣に寺子屋でも作ったら?ちびっこ達にそこで勉強を教えたらいいじゃん。でね、送迎に来てくれるお母さん達には図書館で待ってもらうの。いいね~。」と姉の妄想がどんどん膨らんでいくので笑ってしまって。「その前に、船酔いが酷いから島に辿り着けないかもしれないよ~。」「なんとかなるって。Sちんはそういう場所が似合うと思うなあ。」半分冗談なのだけど半分本気のような、Sが小説の主人公のようになっちゃえばいいんだよと実家の洗面所で散々盛り上がった時間を思い出し、懐かしくなりました。この場所で書かせてもらう中で、とても大切にしていることがあって。それは、私自身も読者の一人でいるということ。読み返した時、どろっとしたものだけを渡してしまわないように。大学図書館勤務時代、いつも男性の上司に言われていました。一利用者として、図書館の本を積極的に借りてほしい。カウンターの中にいるだけでは見えないものがある、自分がカウンターの外から見えるものを大事にしてほしい。もっとこんなサービスがあったらいいのに、もっとこういった対応をしてくれたらいいのに、利用して初めて気づくこともあると思う。いろんな角度から考えられるlibrarianになってほしいと。カウンターの向こう側にいてくださる読者さん達、心の中でご自身とも対話をしてくれていたらいいなと。大きく波打っていたものが、少しでも穏やかになりますように。
最近改めて思いました。祖父母と同居せず、両親と姉の核家族だったら、私はもう少しひねくれていたのではないかと。おばあちゃん子であり、おじいちゃん子だった、それが本当はとても大きなことだったのだと、何かしらの答え合わせができたようでした。小学2年の春に祖母が他界し、祖父が実家を守ってくれることになり、転勤で岐阜へ単身赴任をしていた父の社宅へ女性3人も引っ越しました。その時初めての核家族だったのだけど、それはもう別の大変さが待っていて。小学校3年生で見えたものがありました。それから名古屋に戻り、姉が出て、父が出た数年後、祖父と二人の食卓で本音を語り合って。自分が他界をした後のことを心配したおじいちゃん。養子で同居だったからうまくいかなかったのではないかと気にしているのが分かったので、正直に孫の視点から伝えました。小学校の時、岐阜で核家族になったけど両親は全然うまくいかなかった、だからおじいちゃんがいたからとか関係ないよと。祖父が抱える課題を、自分のせいで家族がうまくいかなくなったのではないかと思ってしまっている気持ちを持ったまま、生を終えてほしくなかった。だから、その解を、少なくとも解き方を伝えたかったのかもしれません。おじいちゃんが問題なんじゃなくて、彼ら二人の問題なのだということを。だから、なんのわだかまりもなく心安らかに生涯を終えてね、言葉の裏側にあったメッセージ、気づいてくれていただろうか。
小学2年生の春、祖母は他界し、葬儀が終わって数日経った頃、庭にあったおばあちゃんの木を一人で眺めていました。すると、一輪だけひっそり咲いているのが分かり、おばあちゃんだと思うと泣けてきました。幼い頃、言葉が思うように出ずおとなしい私を心配した祖母、左利きを矯正された影響と複雑な家庭環境がそうさせていたのかなと今となっては分かるのだけど、彼女の優しさはいつもどんな時も伝わっていました。内側に秘めた気持ちを素直に表現するよ、だから祖母の桜の木をここで咲かせる。あなたはあなたでいいんだよ、そう伝えるために。