いい流れに身を任せて

息子のテスト勉強に付き合っていたある晩、江戸時代の文化について一緒に学ぶ中で、彼が問題を出しそれに答えていました。「南総里見八犬伝を書いた人は?」「曲亭馬琴。」「東海道中膝栗毛を書いた人は?」「十返舎一九。」「なんで分かるの?」「お母さんも忘れていたけど、二人で教科書を読んでいたら思い出したんだよ。一度通ってきた道だしね。」「じゃあ、クリーパーは?」ん?なんだっけ?!「マイクラの仲間?」「敵だし。」面倒くさいな中学男子。「爆発するんだよ。」知らんし。ボクの世界観も学べとそういうこと?!そんな話でわいわい盛り上がり、連日大変なのだけど、こういったささやかな時間を大切にしようと思いました。息子が助けを求めなければ、教科書を開くこともなかったかもしれないな。そういう意味では、やっぱり感謝だ。

その週末、水回りの掃除をしていると、一件のショートメールが届きました。珍しいなと思いながら開けてみると、二日前にお会いした住職さんからで驚いて。『本に載せていない文章が有ります。来られた時に、一部一部宜しければ差し上げます。』その文面を読み、いろんな感情が一気に押し寄せ泣きそうになりました。公開をされていない原稿が住職さんの元にあるのではないか、その予感が当たっていたことと、なぜ私に渡してくださろうとしているのかなと。もし続きがあるなら、読ませていただきたいと伝えたのだけど、それから住職さんはご自身と対話をされたのではないか、そう思いました。一人になり、想いを巡らせる中で保存をしておいた原稿の存在に思い当たった、随分過去のものなのに必要としてくれる人がいる、だったら渡そうじゃないかと。お礼を伝え、後日取りに行ける時間を伝えると返信がありました。『私は留守しますが、○○の箱に入れておきます。ゆっくりお読み下さい。次回はまた来月。ご連絡下さい。』防犯も兼ねて、私しか分からない場所を指定してくれたことが分かりました。それにしてもなぜ来月?そんなに量が多いのか?!そもそもどうして住職さんは、初対面の時にこちらの電話番号を聞いてくれたのだろうと、もう一度ゆっくり巻き戻しが始まりました。凹んでいた私を心配してくれたのも事実、それだけではなく、もっと広く深くいろんな話をして。その中で、大学在学中に仏教についても学んでいたと話すと、若干驚かれながらもどこか腑に落ちるところがあったのか、納得してくれました。この人とちょっと繋がっていた方がいいかもしれない、長年の住職さんの勘のようなものが働いたのか、別れ際に電話番号を聞かれそこからのご縁で。と言っても今年の春のこと。それなのに、もう何十年も知っているような気になるのは、度重なる会話と本がそう思わせてくれたのかもしれないなと。とにもかくにも、原稿を取りに行かせていただくことにしました。お留守なのは分かっていたので、約束の場所に行き箱を開くと、両面に書かれたA4用紙が1枚入っているだけで拍子抜けしてしまって。大量じゃないんか~い!勝手に想像していた自分に笑ってしまい、大事に受け取らせてもらった後、持参していた前回とは違う玄米を箱に入れてその場を離れました。自転車を漕いでいたら、住職さんの意図を感じ、溢れそうになって。もう一度、心の旅に出られるのではないかと。過去に書いた自分の原稿を読んでから、思いを馳せ、そして月に一度私に渡す。その繰り返しの中で、いい人生だったなと沢山のお土産を抱えて、一人お寺の中で微笑むのではないか。最後の原稿を受け取る時、どっと涙が溢れてしまう気がしました。その時、自分の役目は終わったのだと住職さんはゆっくり旅立たれてしまうのはないか、そんな予感が思いっきり外れるように、とんでもない量のファイルを用意しておこうか、今はそんな気持ちでもいます。

元夫と結婚したすぐ後、名古屋にいた母と祖父が関東に遊びに来てくれました。おじいちゃんがなんとか自分の足で歩いてこられるのもあと少しの時間だ、そんな気がして、できるだけ早く二人を呼ぶことに。そして、うちに泊まってもらい、翌日は箱根観光をして、小田原駅まで送りました。車の中で、母と祖父がお礼を言ってくれた後、おじいちゃんが元気な姿で会えるのはこれが最後になるだろう、なんだかもう本当の別れに近いような気がしてしまい、ポロポロ泣けてきて大変でした。握った祖父の手が、どこまでもあたたかくて。こういう予感、当たってしまうんだよ、でもねおじいちゃん、元気でいてね。心の中でそっと届けました。そして、生後3か月の息子を抱いて、最後に会いに行くことができて。おじいちゃんが繋いでくれた命がここにあるよ、どんな時も生きる姿を見せてくれてありがとう。その数週間後、この世を去りました。それでも祖父のストーリーは、生き続けている。

自宅に戻り、住職さんから受け取った原稿を読み始めると、今回は本の内容とほとんど重なっていたのだけど、前回は見落としていた箇所を一つだけ見つけ、本気で驚きました。住職さんが出家をし、修行を始めたのは神戸で、そのお寺は今年の夏泊まった宿から、頑張れば歩ける距離にありました。新年度に入り、悪いことが重なり、そんな中だったからこそ巡り合えたご縁でもあったのだけど、夏の旅行も躊躇してしまいそうな時があって。それでもぐっと力を入れて神戸に行くと、沢山の感動が待っていました。その場所が、まさか住職さんの修行先と繋がっていたとは。とても自然に導かれたのだと、不思議な出会いを感じずにはいられなくて。私に託そうとしてくれている想いがある、一日一日を大切に歩もうと思います。誰かの心を綴じていく仕事、自分の役割を全うすることにしよう。