大きな700記事目

ここまで辿り着けたことに感無量です。今までとは違う100記事の節目、やっぱりビター&スイートなのかな。その割合がビターの方が大きいことに沢山の意味があるようにも思えて。ほろ苦いからこそ届けられる気持ちもあり、振り返ってみた時にあんなこともあったなと笑えるところまで頑張ろうと思います。皆さんの今日と、私の今日は、別々の所ですが、このサイトを通し、同じ時を共有して頂けるそんなひとときに、感謝の言葉は尽きません。ありがとう。

何をどう書いていいのやら。プログラマーのMさんとミーティングをした時に、お金の話を詰めました。夫が望む金額を渡せなくてこの仕事を辞めなければならないのであれば、独身時代に貯めたお金を切り崩してでもこの仕事を続けたいと予め伝えておいたので、そのことに触れてくれて。「絶対にそんなことはさせない。『さくらdeカフェプロジェクト』は、軌道に乗っているから何が何でも僕が財務面でなんとかするよ。Sちゃんの想いを途切れさせるわけにはいかない。ここまで、どれだけの時間と労力を費やしてきてくれたことか。それによって、沢山の読者さん達が救われたよ。あなたの言葉が励みになった。僕と同じようにね。だから、寝たきりになって、自分の力でタイピングできなくなった時は誰かがそばでSちゃんの言葉を入力してほしい、そこまで書き続けてほしいと思っているよ。」そう言われ、カフェで涙が溢れそうになりました。時間も労力も、そして沢山の想いを込めてくれているのはMさんも同じ。ずっとここまで励まし合い、支え合ってきたんだ。

そんなことを思っていたら、大学図書館時代にお世話になった、京都出身の教授を思い出しました。毎年送られてくる年賀状はパソコンで印刷されたもの、でもそこには寝たきりになり、助手に自分の研究を譲ったとあり、その年賀状も助手の方が入力されたものだと分かりました。寝ながら、これまで研究してきた沢山のことを語れるだけ残そうとされている姿を忘れないでいたいなと。「色んなことがあるよ、組織の中にいたらね。それでも、自分の研究に付いてきてくれる人がいて、それを必要としてくれている方達がいて、だから歩みを止めないでいたいんだ。それでも、しがらみもあるから、そんな時に図書館であなたの顔を見るとほっとしてね。だから、いなくなるのは寂しいです。」私の方が何度も助けられました。先生の生きる姿勢に、迷わないその後ろ姿にどれだけの勇気をもらったことか。図書館の片隅で、聞いてもらった祖母の話。「先生、私の祖母、乳がんで片方の胸を全部取ったんです。手術痕が痛々しくて、その当時まだ小学2年生だったんですけど、とっても辛くて。」「乳房って、女性の象徴でもあるから、できるだけ再建手術ができるように色んな研究が進んでいます。おばあさんの姿、小学生のあなたは沢山のことを感じて胸が痛かったですよね。」漢方だけでなく、乳房の研究もされていた教授、その雑誌の配架をしていたのが私なので、直接伺うことができて嬉しくて。「おばあちゃんの胸、本当にガタガタだったんです。触るとごつごつしていて。だから先生、沢山の患者さんがまた自信を取り戻せるように、先生の研究が広がっていくように、よろしくお願いします。」はい、しっかりと受け止めましたよ。そんな穏和な表情で頷いてくれました。小さなあなたが感じたものは大きかったようですね、そう言われているようでした。乳房と漢方の研究をされていた教授との出会い、祖母の乳がんから、私がこうして書いていることまでもが繋がっているように思う。人は、そんな風に助け、助けられ、見えない何かで繋がっていたりもするのかな。

31歳、まだ独身だった時、貯金をした全てのお金が普通預金に入っていると父に話すと、「お前はあほか。」と電話で言われたことがありました。このくだりもどこかで書いていたような。とにもかくにも、あほ呼ばわりされたので、銀行の窓口に相談へ行くと、保険に入金した方が定期預金よりも増えて戻ってきます、ただ10年は下ろさない方がいいですと勧められたので、その場で結婚費用は残し、ある程度の額をお願いすることに。そして、41歳になり満期になったすぐ後に、卵巣がんの疑いが出ました。これは何を意味するのだろうと本気で考えてしまって。それから、今回のことでそのお金は絶対に切り崩したらだめだと言ってくれたビジネスパートナーがいて、堪らない気持ちになりました。だって、そのお金はSちゃんが自分の学費の為に必死にアルバイトをした学生時代からのものでしょ、色んな人の気持ちが乗っかっているんだから、大切にしてほしいよ、彼の気持ちが芯まで届く。日本料理店でバイトをしていた学生時代、定期券を持っているのに交通費を出してくれた店長、試験に合わせてシフトを組んでくれた先輩達、テニスコートのバイト先でもお客さんがいない時は勉強をしていていいと言ってくれたオーナー、司書の資格を取る為に大学に戻った時には、できるだけ私がお金を使わないようにと母がお弁当を作ってくれました。関東で一人暮らしを始めた私に、いらなくなったブランドのバッグをいつも譲ってくれた姉、久しぶりに会った父から膝の上に渡された数万円の現金。もう言い出したらきりがないよ。一体どれだけの人達が、どれだけの気持ちを込めて、お金の大切さと、それだけに縛られないで“今”を生きる喜びを教えてくれようとしたことか。その満期になったお金を、全力で守ってくれるビジネスパートナーに出会えた。だから、書き続けようと思います。

800記事目は、今の局面を笑い話にするよ。もう芽が出始めているんだ。だってね、読んでくださる方達の心の中でさくらの種を大切にしてくれているから。