遠回りが好き

息子の歯の矯正器具を付けるようになってから、寝落ちするまで隣に私がいないと眠れないようで、2時間ずっと二人で盛り上がってしまう毎日。違和感のあるものが口の中に入るだけで、簡単には寝てくれないだろうと分かってはいたものの、想像以上に寝るのが困難な様子でこちらも色んな気持ちを抱えながらベッドで横たわっています。両親宅に行っても泊まらなくなった息子。環境が変わると寝られないことを自覚したようで、一緒だね~とここはもう笑うしかない。そんな彼が、矯正器具を付けて寝ながら話しかけてくるものの、何を言っているのかよく分からず。「#$%&@¥!」「え?オレンジジュース?!」ぷぷっ。そして、しびれを切らした息子が器具を外し、ひと言。「ジューズは合っていたんだよ。りんごジュース!くみちゃんが好きだから。」「ジュースは合っていたんだね!っていうか、なんで今くみちゃんの好物の話になるのよ!」とワイワイ。これはなかなか眠れないね、お互いにね。

大学在学中、お金の為に中退しなければいけない局面になった時、本当に沢山のことを思いました。学びたいことが明確にあり、色んな友達ができて、それでもやめなければならない現実があるのだと思うと、やっぱり情けなくて。私、何か悪いことしたかな。そんなことを思いながら、アルバイト先から帰ると、大阪から帰省していた姉がこちらの異変に気づきました。「S、顔色が悪いし、肌も荒れてむくんでる。」「あ、うん。」その後、父が帰宅し、なんとか気を紛らわそうと深夜に菓子パンを食べると、それがやっつけだったことに気づいた姉は、私の手を取り、「やめなさい!」と怒りました。「深夜に食べたくもない菓子パンを食べて、バランスを取っていたんだね。ねえ、やっぱり大阪に来ない?編入試験を受けなよ。このままここにいたら、Sがだめになる。そんな姿見ていられないよ。」そう言って心を痛めてくれました。いやいや、もう編入試験どころか、お父さんが女の人に貢いで学費どうしようという段階だなんて、とてもじゃないけど姉には言えませんでした。「菓子パン食べれば、ちょっと紛れるから。おじいちゃんがいるから、心配だしここにいるよ。」あんなに快活だった妹が、どこかで自分を見失いそうで、そんな不安と憤りが姉の中で見え隠れしました。「いい?電話でもFAXでもいい。何かあったら連絡してきて。私じゃなくてもいい。話せる相手には自分の胸の内を話すんだよ。すぐに飛んでこられる距離にいないから、辛い時は近くにいる人が頼りになることもあるから。S、潰されちゃだめ。それだけは約束して。あんたが小さく見えるんだよ。」なんだかごめんねと思いながら、続く言葉が見つかりませんでした。

その後、父がこっそり入金してくれていたおかげもあり、無事に卒業。そして、長い時を経て、シェオフィスで不動産関係のHさんに出会いました。とても穏和な彼は、こちらの話をいろんな角度から聞いてくれて。「司書資格の取得は、大学に短期集中講義で戻ったので、本当に大変だったんです。月曜日に4限までの内容と、火曜日の1、2限の講義の後の3限目に6限分の試験をしますとか、もう意味分からないし。ぎゅっと詰め込まれるから全然私には合っていなくて、本当にもうチームプレーでした!友達に助けられていたんです。」「あ、カンニングですね!」違いますってば!!と言いながら二人で笑い転げました。散々遠回りをして、そこで得られたものをこんな風に聞いてくれる人がいるなんてね。「そういえば、ここで個室のオフィス利用をされている広告代理店の社長さんが、○○さんと飲みたいから誘っておいてって3回ぐらい言われていたんです。でも、治療中なことを知っているしいつも慌てて帰宅する姿を見ているので、お忙しそうですよ~と適当に断っておきました!」断る理由を考えるだけでもエネルギーを使うから、そんな気持ちが垣間見えて彼の配慮に嬉しくなって。どの人か特徴を聞くと、「あ、その方に一度ランチ会に誘われました!」と思い出し、大盛り上がり。いい感じで日焼けをしていて体もガッチリだと思ったら、トライアスロンをやっていることが判明。「○○さん、やめないでくださいね。僕はもちろん、みんなが寂しがるから。」そんな言葉をぽつりと言われ、泣きそうになりました。いつの間にか築いてきた沢山の大切な人達。支えてもらったのは私の方。

夏休みに祖父母と出かけた旅先から、夜に電話をかけてきた息子。「ママ、楽しくやっているよ。」「それは良かった。なんだかお母さん、ちょっとだけ寂しいからくみちゃんと寝るよ。」「うん。ボクもちょっとママと離れて、寂しい。」電話嫌いな息子が初めてかけてきた電話の声に、温かいものが流れ込んできました。テレパシーのようなもの。こちらが弱気になっていることを何かしら感じ取っているのだろうと、心の糸電話で繋がれたような気がして、このひとときを忘れないでいようと思いました。いろんな場所に行って、たくさんの人に出会って、いろんな恋をして、いつの間にか大きくなった背中にそっと手を振るのは、意外と近いのかも。だから、今日という日が大切。