外に出してみよう

3学期に入る直前、息子が学校へ行きたくないと言い出し、変化がある時はどうしても憂鬱になるんだろうなと気持ちを汲むことに。そして、伝えました。「リズムがまた変わるから、朝がちょっと辛いかもしれないけど、まだ半日授業だしゆっくり慣れていくと思うんだ。3学期はあっという間に春休みだよ。中学に入って離れてしまう子もいるから、今のクラスを楽しんでね。」すると、反論はなくなんとなく頷いたのが分かって。近未来を見せて、意外とゴールは近いよと感じてもらう、そして“今”を味わってくれたらいいなと。大変だと思っていたことが、振り返ってみるといい時間だったなと思える瞬間がある、そのひとときを心の中に落とし込んでくれることを願い、ゆっくり離れる準備に入ろうと思いました。もうすぐ中学生、息子の背中がだんだん大きく、そしてゆっくり遠くなっていく。それは自然なこと、何があっても笑うぞ!!

最近、反論することも増え、いよいよ反抗期に入ったことが分かりました。イヤイヤ期も第一次反抗期も凄まじく、幼稚園や学校から帰ると反動もすごく、癇癪にも随分悩まされて。いろんなことがあり、別居をし、術後のホルモン治療で心身共にきつい時、離婚調停があり、息子はちょっとしたことで泣き叫ぶので、二人暮らしの中途方に暮れそうになったことが何度もありました。それでも、サイトを開くと、いつもと変わらずここに来てくださる方達がいて、大変なのは私だけではなく、みんな戦っているのだと、その力と笑顔の結集に日々助けられているのだと痛感しています。ありがとう。息子が第二次反抗期に入ったら、受けて立とうじゃないかと思っていたのは、きっと手術前のこと。どうやって自分を立て直そうかと試行錯誤している中で、いろんなことが日々起きるので、クーリングダウンする前に第二弾がやってきて、とりあえずプロテインを飲みながら対策を練ることにしました。公共施設で仲良くさせてもらっていたスタッフさんが伝えてくれた言葉は、いつも胸の中にあって。「くそばばあと言われたら、子育ては成功したと思った方がいい。」と。自分も先輩ママに言われましたと笑って伝えてくれたその時間を、お守りにしています。肩の力を抜いていいんだよ、そんな訳にいかない時もある、だからこそ最初に伝えておきますね、そういった彼女の優しさを感じました。その施設で、息子は友達とマイクラのゲームをやっていると知ったら、成長を驚いてくれるだろうか。

最近になり、Kiroroの『未来へ』(作詞作曲:玉城千春)を耳にする機会があり、急に姉から随分前にかかってきた電話を思い出しました。それは、彼女の結婚前のこと。「結婚式で流す曲をウェディングプランナーさんに考えておくように言われていたんだけど、すっかり忘れていて、何かない?」「え~、急に言われてもなあ。宿題にさせてくれない?」「今結婚式場にいて、もう決めないといけないんだよ。」その時、頭の中で流れたメロディが一曲だけあって。「Kiroroの『未来へ』という曲、どうかな。」「ありがと。検討する!」そう言って慌ただしく電話は切られました。そして、結婚式当日、大勢の方がいらしている中、祖父と父は険悪で一切目を合わそうとせず、同じテーブルで冷や汗をかいていて。そんな時、司会の女性が、新婦の妹だとすぐに気づき、話しかけてくれました。そして、披露宴は始まって。余興で、何人かの方にマイクを渡し、新郎新婦に挨拶をしてもらうという時間、予め姉夫婦は誰にするか決めていたものの、一番最後に、司会の女性がせっかくなので妹さんにもひと言をと私にマイクを渡してくれました。あまりに突然すぎて少し戸惑いながらも、姉と過ごしたいくつもの時間、そしてなぜか義兄との思い出が蘇り、溢れました。それは、義兄と同じ大学に進学し、彼が卒業後にアメリカ留学するからと卒業証明書を受け取りに、キャンパスに来てくれた時のことでした。別れ際に、伝えてくれて。「お姉ちゃんも大阪に行って、僕もアメリカに行く。Sちゃんは人に頼る子じゃない。それは何度か会ってよく分かった。お姉ちゃんとは友達だけど、Sちゃんのこと、本当の妹のように思っているから。だから、何かあったらいつでも連絡してきて。」そう言って、渡してくれたメールアドレス。その気持ちがどれだけ嬉しかったことか。そんなMちゃん(義兄)が、二人姉妹でずっと頑張ってきたお姉ちゃんと結婚して、義理のお兄ちゃんになってくれたことが誰よりも嬉しいと大泣きしながら話すと、会場にいた方達は一緒に泣いてくれました。そこには、ネネちゃんの学生時代の友達、関空時代の同僚、そして、外資系の上司や同僚の方達が列席され、姉が歩みそして掴んだものをみなさんが見守ってくれているようで、余計に泣けてきました。そして、両親への手紙を読み、彼女がやっつけで書いたことに妹の私だけ気づき、ちょっと微笑ましくなって。その後、花束贈呈の時間になると流れたのはKiroroの『未来へ』で、一番大事な場面で使ったか~といろんな気持ちがこみ上げて。この曲はね、ネネちゃんの本心がここにあるような気がしたんだ。いつか伝えようか。式は感動に包まれ、終わりました。すると、私に寄ってきてくれたのは、勤務地は違うけど同じ会社で働く姉の同僚で、優しい女性の方でした。Sちゃんの話を聞いたら、涙が止まらなくてと言って、また一緒に泣いてくれました。姉の世界が、あたたかいもので良かった。そして、お見送りにいた姉に怒られました。「花嫁よりも先に泣かせちゃだめでしょ。Sちんにマイク持たせてどうする!」とわーわーうるさいので、「いきなり渡されたんだよ~。」と伝えると、「打ち合わせにないって!」とウェディングドレスと振袖姿で笑いながら言い合う姉妹を見て、義兄も隣で笑ってくれました。両親は関係ない、二人の絆は本物なのだと。

息子が幸せなら、それでいい。彼の心が、苦しさではなく、柔らかさや愛に包まれたらいいと思う。私に何ができる?喧嘩しながら、のんびり考え続けようと思います。なぜ元夫との別れを選んだのか。いつか大人になり、分かる時が来たらいいなと。息子が3歳の誕生日になった時、先輩ママであるクラリネット奏者の友達が伝えてくれました。Sさんもお母さんとして3歳の誕生日、おめでとうと。息子の視点ではなく、私の視点でいてくれた彼女の気持ちに胸がいっぱいでした。本当の辛さを上手に隠してしまうこともある、でも、話すことを待ってくれる人達に出会ってきました。大分私は大したことないけど、その中の一人でありたい、だから今日もここにいます。