紙とインクの匂い

息子の社会科のテスト勉強を一緒にやっていた昨晩、アジアの内容をテストしてみると、いつものように珍解答が待っていました。地図を指し、この国はどこか?という問題に、『クイ』と書いてあって。ん?タイの間違いじゃないか?!クイってどこの国やねん!!と思いながら、とりあえず本人に聞いてみることに。「クイって何?」「え~、国名・・・。あれ~もしかして間違えて覚えちゃった?」と本人が書いていたワークを再度見てみると、字が汚すぎて本当にクイと読めてしまって。「あのね、綺麗に書いていたら間違えて覚えることもなかったよ。で、正解はどこの国?」「タイだ!」途中で間違いに気づくやろ!とツボにはまってしまい、二人で大爆笑。そんな夜を忘れないでいて。

父の転勤で岐阜へ引っ越し、小学5年の2月に名古屋に戻ってくると、勉強の進み具合が違っていて若干慌てました。母は、遅れを取り戻そうと私を塾に入れることに。住んでいたのは学区境だったので、近くで選んだ場所は隣の町の子達ばかりでした。6年生の時は、学校の授業についていくので精一杯、苦戦していたのはやっぱり算数で、なんとかテストを乗り切っていて。そんな中、別の場所にもある塾の生徒全員の実力が試されるオリジナルテストが待っていました。そこまで手応え無かったなと思いながら、試験用紙を返され、自分が数学の点数全体の2位であることが分かり、驚いて。よく見ると、反比例の問題で点と点を結び、ガタガタに書き、まるで星座のようなグラフに先生が上から赤でなぞり、『なだらかに!』と隣に付け加えながらも丸を付けてくれていたことが分かりました。そして、文章題では、なぜか式は書けなかったのに、答えだけ導き出せたので、だめ元で書いておくと減点ではなくきちんとした丸を付けてくれていて。返却してくれた若い男の先生が採点をしてくれたのは分かっていたので、聞いてみることに。「先生、数学ってどうやって答えを出したのかそれが分かるように式も必要だと思うんですけど、どうして丸にしてくれたんですか?」「何度も式を書いては消していた跡があった。この問題、難しかったらしく、答えを出せた生徒が少なかったんだよ。だから今回は丸にした。」と。その先生は、転校してまだ間もない私が不安を抱え、それでもなんでもないふりをして小学校生活を終えたことをなんとなく感じ取ってくれていた人でした。だからこそ、塾内の実力テストでおまけをしてくれたのではないかと。本来の力を出せば2位が取れるんだぞ、休まず塾に通っているその姿も見てきた、その途中経過も込みのこの点数だ、中学でも頑張れ!そんなメッセージを感じ小さな自信が芽生えました。先生ありがとう。
その後、テニス部の練習をした後に陸上部の練習に参加し、それから塾に通っていたので遅刻することが増え、同時に塾の生徒もどんどん増えていきました。そんな時、社会を担当してくれていた男の先生が体調不良でも、生徒達の試験前ということで無理して来てくれたことが分かりました。顔色は悪く、薬を飲んでも立っていられないような状態で、他校の生徒達にテスト対策プリントを渡し、問題を解かせることに。私だけ別の中学でテスト範囲が違ったので、他のプリントをやっていると、先生がこちらの教科書を貸してほしいと伝えてきたので渡しました。一番後ろの席に座り、何やら書き始めていて。そして、一通り終えるとやってきました。「集団で授業をやる中で、○○さんだけ中学が違うからどうしてもテスト範囲がずれてしまっていてごめんね。これ、今まとめたもの。赤字は大事なワードで、これを覚えたら8割は取れるから。」そう言って手渡してくれたのは、体調不良の中で先生が手書きでまとめてくれたコピー用紙で、泣きそうになりました。こういう時に、“その人”って出るのかもしれないなと。これは何としてでも80点は取ろうと意気込み、結果が出た答案を持って行くと安心してくれました。わら半紙のようなコピー用紙の匂いは、この時のことを思い出させてくれる。
それから、部活と塾の二つの草鞋がきつくなり、よく考えた上で塾をやめたいと母に話し、最後の面談が待っていました。対応してくれたのは、数学でまさかのハイスコアを付けてくれた先生、こちらの意思を尊重しつつ残念がってくれました。そして最後にひとつだけ伝えてもいいかと。「コツコツ頑張ってきたのはずっと見てきた。でも、なんて言うか、ガッツが足りない。」最後の最後でそんなことを言ってくれるものだから、思わずふっと笑ってしまいそうになって。それは、何よりの先生のエールなのだと思いました。塾をやめて自分で勉強するということは、支えがない状態で進むということだ。少し気が緩んだらあっさり落ちるぞ、もっと本気出してみろ、そんな未来を応援してるよ。そんな気持ちを届けてくれた先生、今はガッツ足りていますよ、息子に注げるぐらい。数学の成績はひとつ落ちた、どれだけ先生達にサポートをしてもらっていたか痛感しました。でもね、それ以外は3年生の秋の大会までキープした、最後の最後で落ちた悔しさは今も自分を押し上げてくれている。

支えてくれたのは人ではなく、今度は図書館になった。時間ができる度、近隣の図書館に通い、窓から桜を見て、新緑を見て、枯れ葉になって、雪が降ってもそこにいた。どんな家庭環境でも、やり遂げようと思った。将来、後悔ばかりを口にするのはやめようと思った。積み上げるものは小さなものだけど、その小さな自信は何があっても揺らがないのではないかと。そして、それなりに大変な思いをして取得した司書資格を持って、大学図書館で働き始めました。新聞縮刷版が大きいわ重いわで、書庫から何度も運んでいたら腱鞘炎に。みんなに気を使わせたくなくて、両手首が悲鳴を上げていても黙っていました。情報化はどんどん進み、オンライン上で様々な情報が見られる時代に。そんな時、館内のパソコンから一枚の記事をプリントアウトした女の学生さんが、設定を触ってしまったか何かで、近くのプリンタから出てこなかったんですとカウンターに相談に来てくれました。それと同時に、事務室から「おーい、誰か記事をプリントアウトした人いるか~?」と男性の上司が言いに来てくれて、タイミングが絶妙だったので思わず学生さんと笑ってしまいました。オンラインでいろんなことが分かる世の中だけど、人がそこにいてくれるこんなぬくもり、やっぱりいいなと。紙とインクの匂いには、これまでの、そして今の数えきれないストーリーが染み込んでいます。そこにさくらとカフェの匂いも合わさったら素敵。