見える世界

私の身長は156㎝。そんなに高くもなく低くもなく、結構普通なのですが、ない物ねだりで160㎝を超えて、ジーンズを格好よく履きこなす女性がどこかで羨ましくて。あと少しあったら世界が変わるといつも思っていたので、パンプスを買う時は4㎝ぐらいヒールのあるものを選んでいます。試着すると、ちょっと視界が変わるこの感じが堪らない。

夏に、雨が降り止んだ後、園庭までサンダルでお迎えに行った時のこと。その日は自宅でパソコンに向かっていたので、外に出られることがなんとなく嬉しくて、これまたヒールのあるサンダルを履いて現地に着くと、しっかりぬかるんでいることが分かり本気で後悔。おとなしくスニーカーでこればよかったと思いつつ、エントランスで待っていた息子を発見し、恐る恐る真ん中までいくと、見事に泥がはねてしまいました。あれでも一応異変に気付く息子が、「ママのかわいいお靴、汚れちゃったね~。おうちでゴシゴシしてみる?」と心配してくれて、その日はおとなしく帰ってくれました。意外と女心がわかる幼稚園児、新しい物を身に付けると夫よりも気づく、我が家のちっちゃいピーコです。

その後、息子の長靴と私のサンダルを洗ったら、なんとかなり一安心。お迎えって、一人の女性とママの狭間にいるのかな。靴一つで迷いが生じているところが、ちょうど中間を表しているみたい。

今日は、夫が有給だったので、お迎えをお願いし、私は思い切って電車に乗り、いつもと違うタリーズへ。音楽が心地いいのでなかなかエンジンがかからず、ゆっくり時を楽しんでいます。
最近、プログラマーのMさんに言われました。「7月に入ったぐらいから、顔つきが変わったよ。心意気とでも言うのかな。一つずつ階段を上がってきたという自信を感じてくれているのかもしれないね。」と。こんなに近くで見てくれている。だから、分かるんだろうな。

母の手術が決まり、会うか会わないかという選択は、どちらも苦しいものでした。せっかく離れたのに、また辛い思いをする。でも、大きな手術をするのに会わないと後悔する。そして、後者を選んだ私は、やはり沢山の感情が渦巻き、ぐっと胸に収めようとしたのですが、その負の感情が記事に表れてしまいそうで、Mさんに弱音を吐きました。すると、真っ直ぐ伝えてくれました。
「Sちゃんの文章は、途中切ない所もあるのだけど、最後は上がってきてくれるんだよ。そういう姿に、僕を初め、読者の方達は力をもらっているよ。皆、頑張れって思ってくれている。そう感じながらこちらが励まされたりしているよ。だから、そのままでいてね。休みたい時は思いっきり休めばいい。」

そう言われ、更新回数を減らした7月は、減少もせず、キープもせず、閲覧数が上がってくれました。これが私の大きな自信に繋がったし、見える世界が変わったような気がしました。どう言えばいいのだろう。回数よりも、深さ。明るさよりも優しさ。傷みよりも喜び。
そして、読者の方達が確実に待ってくれているという実感。

平日は、ジーンズにスニーカーだった私が、パンプスに変わり、膝丈スカートに変わりました。意識がどんどん高まっていく。それでも、サイトを立ち上げた時の気持ちは何一つ変わっていません。
“自分に優しさを向けながら、ゆっくり頑張って。出会ってくれて、ありがとう。”