未来へ

退院前日、少しでも体力を付けようと思い、病院のパジャマのまま、一階の書類関係の窓口へ。もちろん周りは皆外来の方達。いちいちそんなこと気にしない。人の目を気にしているよりも、自分がやりたいことをやっていく。そんなことを思っていると、順番が来て医療事務の方が伝えてくれました。「ご家族の方が手続きに来られても大丈夫ですよ。」と。ピンクのパジャマで登場だったので、心配されてしまったのですが、大丈夫です~と笑顔で手続き完了。退院近いよ。
そして、売店ですっかり美味しさを知ってしまった水を購入。やれることを少しずつ増やしていこう。日常が、ゆっくり戻ってくる感触。あと少し。

そして、ベッドに戻るとランチの時間になり、昼食のおかずにはレギュラーで入っている大根が。「また君か!」と心の中で話しかけながら、食べられるものだけを食べて終了。その後、最後の難関、退院問診に呼ばれました。産婦人科病棟にあるその診察室は、息子を出産し、終わりにお世話になった産科の先生が診てくれた場所。なんだかどうしようもなく堪らない気持ちになりました。出産を無事に乗り切ったお礼と共に去った所、今度は意味合いが違う。そんなことを思いながら、執刀医の先生の前へ。再度超音波検査を受けながら、また先生が伝えてくれました。「本当に酷かったんだよ。一体生理の時、どれだけの薬を飲んでいたの?」「・・・4日間ぐらいです。」「それだけで済んでた?相当痛かったはずだよ。」おっしゃる通りで。その後、先生の前に座り、パソコン画面に映し出してくれたのは、取り出した左側の卵巣の写真でした。それを見て、こみ上げる気持ちが抑えられませんでした。戦いの後の何ともいない堂々とした姿を感じたから。古い血がところどころにありながらも、ぎりぎりのところで耐えてくれていた卵巣。よく頑張ったね、それが自分の心の象徴のようで、これまで一緒に戦ってくれていたのだと思うと、自分を守ろうとしてくれていたのだと思うと、泣きたくなりました。もう、我慢する人生はやめよう、そう心に誓った時。そんなことを思っていると、先生が改めて私の手術前の画像と、卵巣の絵を交互に見せてくれて血の気が引きました。「○○さんの卵巣、二つとも腫れあがってくっついてしまっていたんだよ。普通は、離れて両サイドにあるでしょ。卵管の癒着も酷くて、よく卵巣が破裂しなかったと思うよ。ステージで言うと4に近い。一番悪い状態の寸前だったと認識してほしい。病理検査の結果はまだ出ていないけど、手術中に行われた迅速病理検査で良性だったから、9割がた大丈夫でしょう。これだけ酷かったから、再発を防ぐために薬物療法に入るよ。生理を一年間止める。それで、腫瘍がまた大きくならないように見ていくよ。本当なら注射の治療なんだけど、悪い所は取れたから薬で見ていく。閉経するまでの10年間、上手に付き合っていこう。」昨晩の看護士さんの説明を受け、動揺が吹き飛ぶほどの、助けられた命の重さを感じました。紙一重のところにいた、卵巣が破れていたら大変だった、そして良性の腫瘍も放っておいたら悪性になっていたかもしれないと。何度も何度も、先生に頭を下げお礼を言うと笑ってくれました。「いやあ、それにしても酷かった!」、会う度に言われそうです。今度は外来でね、そう言われお別れ。ドアを開けた時、自分の新しい未来が拓けたようでした。41歳、折り返しどころか、私の寿命、そんなに長くないな。だったら、とことん大切にしなくては。右側の卵巣を、医療に助けられながら自分の力で守っていくよ。

そんな上向きな気持ちで、ロビーでスマホを持って、息子が帰宅する時間だなと外の景色をぼーっと見ていました。すると、同じ部屋で斜め前のベッドにいるおばあちゃんが話しかけてくれて軽く雑談。「お子さんがいるのね。何か写真ある?」そう言われたので、ビッグスマイルの写真を見せると、「なんてかわいい子なの!」と満面の笑みを見せてくれて、急に息子のことが恋しくなりました。「おばあちゃんが見てくれていて安心だけど、やっぱりお母さんよ。退院まであと少しね。沢山可愛がってあげてね。」私の心配だけでなく、息子の心配までしてくれたおばあちゃん。もう一か月も入院しているのだそう。長く入院していると、色んな人間性が見えてくると伝えてくれました。病気を繰り返すと、打たれ強くもなっていくのだと。健康がどれだけ有り難いことなのか痛感するよ、いつも健康だと忘れがちだけど、とっても大きな財産だって思う、そう話してくれました。薬の副作用で髪の毛が抜けてしまっても、人の為に心を痛め、看護士さん達に感謝するおばあちゃんは、人気者。美しい人だなと、そしてどこかで祖母と重なりました。

別れの時。荷物をまとめ、初日に着てきた服に着替え、持ってきたオレンジのアイシャドーを塗った時、自分を取り戻したようでした。やっぱり、メイク用品を持ってきて良かった。そして、ナースステーションの皆さんにお礼の挨拶をし、看護士さんに、手首に付けていた名札をハサミでパチンと切ってもらった時、この病院の入院患者ではなくなりました。荷物を看護士さんが持ってくれて、斜め前のおばあちゃんにご挨拶。「いつも、優しい言葉をかけてくださってありがとうございました。もうすぐ退院だって聞いて、おめでとうございます。どうか、お元気でいてくださいね。」「ありがとう。そして、退院おめでとう。お子さんが待っているよ。これからも頑張ってね。」はい、そう言ってお互いが手を振り笑顔でお別れ。なんて優しい別れ際。年齢を越えた小さな友情がここにある。そして、歩きながら看護士さんに伝えました。「もう、戻ってこないです!」「はい、外来だけにしておいてくださいね~。」ようやく歩けたと思ったら早々とレントゲンに行くよう指示された、明るい看護士さんとも気持ちのいいお別れでした。産婦人科を抜け、ベンチで待ってくれていた母。
「長い期間、本当にありがとう。」「よく乗り切ったね。」母との、新しい旅への始まり。

息子が生まれ、自分の命が助けられた場所。そこで、また新しい10年の戦いが始まる。長いよ。でも、自分の未来は明るいと信じて頑張らなくては。完治したと言えるのはきっと10年後。だから、スタンディングオーベーションで、皆さんに祝ってもらうのはその時。それまで、どうか見守ってください。でもね、一緒に笑えるところまで、帰ってきたよ。ありがとうとただいまと戻ってこられて良かったという言葉を添えて。