現在進行形にあるもの

シェアオフィスにバタバタと登場すると、受付にいてくれたのは広報のMさん。お互いが笑顔でご挨拶をし、そしていつもの談笑が始まる中で、思いがけない苦悩を聞くことに。年齢はまさかの50代、色んなご経験を積まれた人生の先輩で、生き様が格好良く素敵な雰囲気を醸し出す穏和な彼が、様々な人間関係に悩んでいることを伝えてくださり、真っ直ぐに受け止めました。「誰にも話せないことって、自分の中でぐるぐる回ってしまい余計に苦しくなると思うんです。それが黒い渦になってしまうと、抜け出せない不安感に襲われたり。Mさんらしくいてくれることが私は嬉しいので、辛い時はいつでも声をかけてくださいね。」色んな角度から、率直に感じたことをそのまま伝えると、その日一番の笑顔で伝えてくれました。「○○さん、あなたは色々なご苦労をされてきた方ですね。きっと今でも辛いことあるんじゃないかな。そうじゃないと、ここまで人の気持ちが分からないと思うんです。一つや二つじゃないですよね。あなただから届けられる言葉があるのだと、今話を聞いて思いました。今日、お会いできて本当に良かった。僕、あなたのことが大好きですよ。」一回りも上の方に、こんな気持ちのいい言葉を返してもらえるとは思わず、なんだか泣きそうになりました。そうか、今のホルモン治療は地下五階の所にいる、とても苦しく暗い道。だからこそ、気づけるものもあるんだ。芯で捉えるということ。

そういった話の中で、何気なく教えてくれたオリンピックの話。見られた競技がいくつもあった中で、見落とした内容を聞き、絶句してしまいました。「男子の400mリレー、バトンミスがあり、決勝で棄権になったんです。金メダルを取るというのが、彼らの中でのストーリーだったと思うので、僕も本当に残念です。」会社のラグビーチームの広報担当であった彼らしい言葉に、何とも言えない優しさを感じ、じわっと胸が熱くなりました。その後、ネットでニュースを見てみると、状況が分かり、4人の無念さが流れ込んできて。第一走者の多田選手から第二走者の山縣選手へのバトンがうまくいかなかったよう。その二人がどれだけ自分を責め、第三走者の桐生選手、第四走者の小池選手がどんな思いで走り去る他の選手を見て、起こったことに対し二人に寄り添おうとしたか、色んな気持ちがこみ上げ胸が痛くなりました。レース後の多田選手と山縣選手の背中に手を添える桐生選手の姿が、どれだけの思いを伝えてくれたことか。
陸上という競技が孤独なスポーツだと教わった中学時代の陸上部。各部活から集められた選手達が、合同でトラックを走りウォーミングアップをした後に、それぞれの競技に散って練習した毎日。その中で、大会がやってきました。まだ1年生だった私は、走り幅跳びのレギュラーでもなく、テントの下で先輩達のサポートへ。ランチの時間になり、砲丸投げ女子の3年生の先輩が、すごい量のサンドイッチを持ってきていて素で驚いていると、笑いながら「食べる?」と誘ってくれて。「先輩のエネルギーに変わるからいいです。試合頑張ってください!」そう言うと、嬉しそうに頬張ってくれました。その先輩は、元々は柔道部、本来であれば交わることのなかった方との交流に、わくわくしてしまった優しいランチタイムでした。そして、午後のトラック競技で、長距離の選手だったサッカー部2年の先輩が疾走。何週もトラックを走る中、第3コーナーのあたりにテントを構えていたので、先輩が通過する度、ひと際みんなで声援を送りました。苦しいけど第3コーナーに行けばみんながいる、そんな気持ちが走る原動力になっているような気がして、後押しするって、自分と戦いながら声援を味方につけるってこういうことなのかと、沢山のことを教わったようでした。「俺達サッカー部の先輩なんだよ。無口なんだけど、後輩思いで格好いいんだよ。」そんな話を自慢気にしてくれたサッカー部男子。社会科の先生でもあるサッカー部顧問は、強制的に部員全員を陸上部に放り込みました。チームプレーから、個の競技へ。それでも気持ちは一つなのだと、そこから得られるものを全部もらってこい!そんな声がいつも聞こえてくるような、熱い先生でした。大好きな陸上部、私は得られるものをもらってこられたのだろうか。

そんなことをぼんやり思っていたら、第一走者の多田選手のコメントを見つけることができました。『本当に悔しいですが、次こそは、必ず輝きます。』その言葉に、胸が熱くなりました。個人の競技が多い陸上というスポーツの中で、リレーという種目が教えてくれるものの大きさを目の当たりにしました。ライバルだった選手達と、ひとつのバトンを繋げるという難しさと喜び。次こそは輝いてほしい、そう願わずにはいられませんでした。
オリンピックが終わり、息子と夕飯を食べていたら、ぽつり。「ママ、大学って何を学ぶの?」「色んなことだよ。自分のやりたいことを見付けて、そのことをさらに深く勉強するの。Rは今、どんなことを学びたい?」「ボク、世界が知りたい。」そのひと言で涙が溢れそうに。オリンピックを一緒に見て、世界には沢山の国があり、色んな肌の色の人がいて、色んな文化や歴史があって、色んな環境の中で練習をし、試合に臨んでいたことを話しました。小さな心に何かが残ってくれた日本のオリンピック、それを将来自分の子供にも伝えていってほしい、あなたが生まれた国について、そこに集まってくれた世界の人々について語ってあげてほしいなと思った優しいエピローグ。
南アフリカ代表スケートボードの46歳男性ダラス・オーバーホルツァー選手。練習環境が整っていない中で、コースに苦戦しながらも、テレビを通して母国の子供達にスケボーの面白さを伝えられたらと願い、参戦。三回とも途中で転倒し、最後まで滑ることはできなかったものの、最高の笑顔で胸を叩き、ピースサインをする姿に胸がいっぱいでした。美しさって何?こういう人のことを言うのではないかと、彼が世界の人達に届けてくれた思いを忘れないでいようと思った東京2020大会。余韻はまだまだ続く。