五感を働かせた図書館

気持ちも体も重い時は、なんとなく一人になりたくて転がり込んだ図書館の二階。本が綺麗に並んでいるのを見て、紙の匂いを感じ、誰かがページをめくる音を聞いていたら、ざわざわしていた心が落ち着いてきました。慣れ親しんだ場所、子供の頃からこうやって自分を真ん中に戻してきたんだ。

すると、ふと思い出した一つの記憶が蘇ってきました。まだ岐阜の小学校にいた頃、大分みんなと馴染み始めた5年生の時だったかな。リーダー的存在の一人の男子と、もう一人の男子が悪ふざけで給食のスープの中に牛乳を入れ、それを冗談で一人の男子に飲めと言い出し始めました。おっとりとした彼はみんなに優しく、みんなに好かれるタイプで、本当に悪ふざけの延長上なのはそこにいるみんなが分かっていたのですが、30代の男の先生が騒ぎに気づき、怒鳴りました。「何やっているんだ!飲めって言うお前らが飲め!ただ謝るだけじゃダメだ。飲んでから謝れ!」凄い剣幕だったので、みんなが凍り付きそうな状況だったのですが、彼を守ろうとする先生の愛にこみ上げるものがありました。たった一度の悪ふざけが、一生の傷になることもあるんだよ、だからここでその傷を消す、そんな先生の気持ちが伝わってきました。「もういいよ、先生。」と丸く収めようとする優しい彼。「ダメだ!どれだけ酷いことをやったのか自分達で味わえ!」と本気の先生。すると、リーダーの男子はストローで結構の量を飲み、もう一人の男子はひと口飲んだだけで「うわ、まっじぃ。」と言って止めました。「分かったか、自分達のやったことが。」そして、本気で反省した二人が、彼にごめんなさいと謝ると、笑いながらあっさり許していました。その表情を見て、彼は一生先生の気持ちを大事にするのではないかと、その優しさを忘れることはないだろうと嬉しくなって。辛い出来事を、見事に愛情に変えた先生、私も沢山もらったよ。

そして、そんな私が辿り着いた小学校図書室の勤務。6年生の社会科を担当しているご年配の男の先生が、調べ学習で図書室を授業で利用してくれました。班に分かれた児童が交代で、ノートを持ち調べに来てくれたのですが、男子二人の悪ふざけが始まり、声を張り上げひと騒動。すると、それを見ていた一人の女の子が教室にいた先生に状況を伝えてくれたらしく、慌てて社会科の先生が怒鳴りに来てくれました。「図書室を侮辱する奴は絶対に許さない!ここは、○○先生が大切に守り、居心地のいい空間を作ってくれているんだよ。みんなの場所なんだよ。図書室を大事にできない奴は出てけ!」思いがけない言葉を伝えてくれたので感極まりそうになっていると、こちらの様子に気づいた先生が、このままではまずいと思ったのか、私の目を見て、「なんちゃって。」と笑ってくれました。温かい空気を壊してしまわないように、そんな先生の配慮が隅々まで伝わり、どれだけ嬉しかったことか。「僕も、図書室が大好きです。学校には無くてはならないものだと思っています。先生、もし何かあればいつでも言ってください。」去り際にそんな言葉を残し、お礼を伝えると、子供達と教室に戻っていってくれました。後日、他の先生にさりげなくその先生について聞いてみると、前の校長先生だったことが判明。もう、堪らないよ。先生、図書室を守ってくれてありがとう。

その数年後、ある公共図書館の司書の方がSNSで呟いた言葉がネット上で話題になりました。『学校がつらい子は図書館へいらっしゃい。』(一部抜粋、引用させて頂く事がご迷惑になりませんように)この言葉を読み、同じような気持ちでいてくれた司書の方の言葉に涙が溢れました。私も、図書館に助けられた一人です。自分に何ができるだろうと考え、司書になった時の沢山の気持ちが溢れ出しました。『こんな言葉を昔の自分にもかけてもらえたらな。』『なんだか子供時代の自分が救われた気になりました。』こういった言葉がネット上に流れていたと記憶しています。人それぞれ、内に秘めているものがあって、時間は止まらないからなんとなくやり過ごし、その当時の自分の辛さを忘れたふりして前に進んで大人になる。でも、こんなあたたかいひと言で、心のどこかに残っている小さな自分にぎゅっとしてあげることもできるのかな、そうだったとしたら私に何かできることもあるだろうと思い、書き始める原動力にもなった大きな出来事です。

小学校図書室での勤務が決まったと姉に話した時、「やっぱりエジソンでも借りてくるの?」と笑われてしまいました。岐阜の小学校でも、名古屋に戻った小学校でも世界の偉人伝の漫画をいつも借りてきた妹を見ていた姉だからこその発言に、一緒に笑ってしまって。お姉ちゃん、ちっぽけな力だけど恩返ししてくるよ、そう思いながら切った電話。その延長線上に、公共図書館でこうして書いている自分がいて。私は、みなさんに安らぎを届けられているのだろうか。