色々な人生

息子が母と遊んでくれている間に、3件の引っ越し業者さんの見積もりの手配をしてくださった恩人の営業Mさん。審査用の書類を持っていった時、聞いてくれました。「引っ越し業者さんに依頼されるおつもりですか?」と。はいと返事をすると4件のパンフレットを見せて頂き、色々と世話を焼いてくれてそれが本当に有難くて。家を出るだけでも大変なこと、だからこちらが軽く引っ張りますよ、流れに乗って振り向かずあなたは未来を見てください、そう言われているようでした。1件はお友達が運営されているということ、3件の見積もりを取ってそれからまた考えましょうということで、一日に3社が来訪してくれることになりました。一歩ずつ前へ。

一社目、若い男性が気持ちよく対応をしてくださり、二社目の方も穏和に丁寧に話をしてもらった後、時間が空いたのでぼーっとしていたら泣けてきました。このマンションに引っ越した時のことが蘇り、一気に片付けて夫と二人で自転車に乗ってお寿司を食べに行ったなと。二人で頭金を出し合い、ローンを組めたことに安堵し、同じ空間に一緒にいられるだけで幸せだった日々。ひずみが生じたのは妊娠悪阻が酷かった時でした。水を少量飲むだけで吐き、どうしようもなく辛かった時に、「俺、午前中見たし。」と言われ実家に遊びに行ってしまいました。夫にも息抜きが必要だと自分に言い聞かせたものの、その後も吐き続けるので食道が切れて血が混じったものを吐いてしまったので、夫に電話。煩わしそうに電話を取られ、状況を説明しても賑やかな声と共に夜には帰るからとあっさり切られてしまいました。すぐには帰ってきてくれないんだ、親戚も誰もいない、周りに頼れるのはあなただけなんだよ、そう思いながらトイレで寝て、泣きながら吐いた苦しい時間でした。今思えば、救急車を呼ばなければならなかった事態、そんな中で流産することなく、よく元気に生まれてきてくれたと、そんな頃から息子の小さな心臓は一生懸命に生き、そして何かを感じ始めてくれていたのかもしれないと思うと胸がいっぱいです。パパとのお別れは、あなたの心を守るために必要な選択だった、そしてママの心と体を守るためにも。でも、それは悲しい別れなのではなく、一緒にまた笑う為の道。そのことを息子なりに分かってくれていることが本当に有難くて。沢山越えてきたよね、息子の手はどんな時もあたたかかった。

そんなことを思っていたら、三社目の50代の方がいらして、離婚で私と息子だけがまずは出る話を正直にすると椅子に座って伝えてくれました。「僕も、実は離婚歴があるんです。僕の病気が原因で子供ができなくて、前の妻は自然にできることを望んでいたので、まだ産める年齢だったし、彼女のこれからの為に別れました。その後、再婚をして子供ができたと連絡をくれて良かったなって思えて。今の妻は連れ子で今は二人のお父さんです。シングルマザーを8年やっていた時はやっぱり大変だったと話してくれたので、奥様、家電などもらえるものはもらっていってくださいね、ぼっちゃんの為にも。僕は別れた時、譲れないのは車だけでした。あとは何とでもなるので。これから、大変になると思うんです。でも頼れるところは周りに頼ってくださいね。」思いがけない話をされ、みんなそれぞれにバックグラウンドがあり、沢山悩み考え続けたからこそ、届けてくれる深い気持ちに泣きそうになりました。「ありがとうございます。両親が近くにいてくれるので大丈夫です。お体、大切にしてくださいね。」大きな病気をしたから分かりますよ、あなたが越える時の辛さ。大きな決断でしたよね、でも、あなたが選んだ道によって奥様は子供を授かることができた。「なかなかできることじゃないです。本当に幸せになってくださいね。」そう伝えると言ってくれました。「奥様も。」と。YOUとYOU。なんの狂いもなく返し合った同じ温度のキャッチボール。初対面で、しかももうきっとお会いすることはない、でも、このひとときをお互い忘れることはないだろう。

その後、営業のMさんから電話が入り、部屋にライトが付いていたかの質問を投げると、今から一緒に見に行きますか?と相変わらずの即断で笑ってしまいました。母に電話を入れると、これまた笑ってしまうぐらい物件の近くで息子と遊んでいて、現地で合流。沢山の気持ちが入り混じっていた後に、Mさんの声を聞いたら気持ちがすっと凪いでいきました。そう、彼のトーンが私の心を落ち着かせてくれる。「本当に、お世話になりっぱなしで。」そう母に伝えると、一緒にお礼の言葉を述べた後、彼が話してくれました。「実は、僕も色々な人生を歩んできたんです。若い頃に結婚したんですけど、里帰り出産をした妻が全然帰ってこなくて。なんだかんだ理由をつけて帰らないので、二人の子供がいても、親になった感覚も結婚している感覚もあまり持てないまま、一人暮らしをしていました。娘が大学生になるからと一緒に住むことになった時には初めまして状態に近くて、それでもパパと呼んでくれて嬉しくて。その後、子供の卒業と共に正式に離婚しました。今は独身貴族を謳歌しています。」母と話を聞き、胸がいっぱいに。「こちらの状況をやんわり話すと、すぐに理解して全面的に協力してもらい、どんどん進むから驚いてもいたんです。今日理由が分かりました。Mさんも沢山のことをご経験されていたんですね。」そう言うと、何とも言えない穏やかな表情で微笑んでくれました。そして、母が私にひと言。「S、あなたは、なんて言うか、人に恵まれるの。Mさんに出会えたことって奇跡でしょ。ご縁ってそういうものよね、大切にしなきゃ。あなたって本当に不思議な子よね。」その言葉がさらに彼の笑顔を優しいものにしてくれました。年末にお店に転がり込んだかと思ったら見つかった物件、それはあなたの幸運ですよ、僕に出会えたこともね、そう心の中で伝えてくれたようでした。

人の幸せは、心の中にある。周りの人が決めることじゃない。今日話してくれた二人の男性が歩んできた人生。彼らの中に流れていたものは、後悔のない選択と人を思いやる気持ちでした。あたたかくて、途轍もなくあたたかくて。澄んだ目で見ると、世界はキラキラでいっぱい。