息子とクリスマスイブを楽しんだ夜、急に伝えてきました。「明日、部活で縄跳びがいるんだよ。」何でもっと早く言わないのと相変わらずバタバタの時間が待っていて。どこを探しても見当たらず、古くなって捨てたことが分かったので、さすがに本人も言うタイミングが遅かったと反省している様子。帰ってくると安心して、大事なことが抜け落ちてしまうんだろうな。自分のことは自分で取り組む、それが顧問の先生の教えであることも分かっていたので、失敗から学んでいけるといいねと思い就寝。翌日は、部活から帰宅すると慌てて縄跳びを買いに行き、夜は串揚げのお店で改めてクリスマスディナーが待っていました。2日間ともものすごい食欲で、成長の早さに嬉しくなって。そして、ようやくイベントが終わりやれやれと思った翌日、ポストには健診結果の封筒が。なんとなく胸騒ぎがしていたので、ひとつ息を吐き開けてみると、婦人科系に問題はなく本気で安堵しました。今回は胸の超音波検査を受けていて、サボらず受診をしておいて良かったと。健康は私にとって何よりのプレゼントなのかもしれないなとほっとした日。息子が自立をするその時まで、笑ってそばにいる。
佐賀の祖母が他界し、姉と葬儀に向かった後、少し間を置いて姉妹カフェをした時のことを思い出しました。どうだった?とこちらの心境を聞いてくれて。その時私は、mission completeだと伝えたのだけど、一年経って改めて感じました。mission successful、両親へそして家族への使命は終えたというより、私の中では成功だったのではないかと。相手がどう受け取ろうと、自分ではやり切った感があり、それでいいのだと思いました。誰のための人生を送る?やっぱり自分のために、息を引き取る時いい人生だったなと思える生き方をしたい。
大学図書館で勤務していた30歳の時、前日から耳鳴りと頭痛が酷かったものの、年末で経理の仕事を締めなくてはと思い、無理をして出勤したことがありました。なんとか仕事を終え、電車に乗った後、ぐらぐらしてしまい電車を止めてしまうことになってはいけないと思い、途中下車。すると、駅員さんに倒れ掛かってしまい、駅員室で休ませてもらっても改善されなかったので、救急車を呼んでもらいました。起き上がろうとしてもぐるぐる目が回ってしまい、どうしようもない状態が待っていて。救急隊員の方達が駆けつけ、寝ながらなんとかバッグから保険証を取り出し、住所や名前などを確認してもらって。割れるような頭痛と吐き気の中で、救急隊員の方達と駅員さん達が優しくて、全然顔は見られなかったのだけど、この温度は忘れないでいようと思いました。そして、駅だったので階段もあり、車いすのようなものに乗せられ、救急車まで運んでもらって。騒々しかった音が消え、車内に入り寝かせてもらうとそばにいたご年配の救急隊員の男性が、保険証を見て、「Sさん、大丈夫ですよ。」と声をかけてくれて、あまりのあたたかさに泣きそうになりました。不安がり、申し訳なく思っている私を和らげようと、伝えてくれた言葉だったのだろうと。住所から、できるだけ帰宅しやすい病院を選んで連絡をしてくれている隊員の方の声が聞こえてきました。脈を計られ、誰か連絡できる人はいるかと聞かれて。親族はみんな名古屋、深い友達はいない、その時唯一頼れるのはその当時恋人だった元夫でした。バッグの中から携帯電話を出してもらい、短縮番号1にセットしてあった彼のボタンを押し、恋人ですと寝ながら伝えると、留守電に状況と病院先の名前も残しておいてくれました。私にも頼れる人がいたんだなと。その後、病院に到着し、急患対応の若い男の先生が診てくれて、検査も行った中で異常は見つからず。それでも、なかなか起き上がれないので寝かせてもらっていると、仕事から帰り急いで車で駆けつけてくれた元夫が心配そうにやってきました。その表情を見て、一人じゃなかったなといろんな気持ちがこみ上げて。それから、先生と二人で話してもらい、当分安静にするように言われ、彼の車で自宅まで送ってもらいました。存在が、その気持ちがどれだけ有り難かったことか。そんな彼と結婚、そして子供を授かり、本当にいろんなことがあって別れが待っていました。あのまま自分をごまかしてまだ大丈夫まだ大丈夫と結婚生活を送っていたら、助けてもらったあの夜のことまで黒く塗りつぶしてしまう所でした。全部を否定したくなかった、出会えて良かったと思う気持ちを残しておきたかった、最後は感謝が残るように。だから、ほんの少し余力を残して離れました。時が経ち、元夫の会社が移転したことが分かって。前のマンションからでは遠距離通勤になってしまっていた、選んだ道はやっぱりこれで良かったのだと改めて思いました。あなたのこれからを応援してる、その言葉に嘘はない、この先もずっと。そして、あの夜助けてくれてありがとう。
「Sちんの優しさってどこから来ているんだろうね。」ネネちゃんはよくそんなことを聞いてきました。生まれ持ったものなのかなあとも。優しさってなんだろうなと、自分に余裕がなくなると分からなくなりそうな時もあるのだけど、人からもらったあたたかさなら分かるとそこには自信があって。救急隊員の方がかけてくれた言葉のように、ママごめんなさいと素直に謝ってくれた息子の勇気であったり、これまで出会った方達が胸を痛め、自分の痛みのそばにいてくれたぬくもりは忘れないのではないかと。そんなひとつひとつが優しさの集合体なのか、まだ私には分からないのだけど、全てのことにきっと意味があって、考え方次第で気持ちがほんの少しでも軽くなる、そんな想いを届けたいと思っています。午年、泥臭く、何着になってもゴールができますように。気持ちよく空を仰ごう。