息子の宿題の時間帯は、いつも夕方。空気が変わる6時頃、低気圧でお互いの頭痛が発生し、何度やり合ってしまったことか。学校の中でも、ぼーっとしてしまう中で頑張ってきたその反動をぶつけてくるので受け止めたいのですが、こちらにも余裕がなく、またやってしまったの連続です。きっかけは本当に些細なことなのに絡まると厄介、それでもあっさり解けるのも、お互いがごめんねの気持ちを抱けているからなのかな。とってもとっても大事なこと。
そんなことを思いながら食器を洗っていると、なぜか急に思い出したのは大学時代の出来事でした。姉がやっていた家庭教師先のご両親が私に会いたいと言ってくださったのがきっかけで、すっかり仲良くなったある日の電話。「Sちゃんに会わせたい人がいるんだよ。うちのお客さんなんだけど、良かったらうちに来て。」と言われ、予定も空いていたのでお邪魔をさせて頂くことになりました。ご両親は理容師さんなので、色んなお客さんと日々対面されていることを知っていて。どなただろうと思いながら伺うと、後からやってきたのはキリッとした目つきの20代男性。なんとなくお互い挨拶をし、みんなで夕飯をご馳走になっていると、思いがけない話の展開が待っていました。「俺、少し前までブタ箱に入っていて、そこでブタめし食っていたんです。」は?と目が点になっていると、おじさんが具体的に説明をしてくれて。「この子、仲間を助けようとしたら警察に捕まって、刑務所に入れられていたんだよ。」・・・。ようやく意味が分かったものの、なかなか言葉が出てきませんでした。ただ、彼の目は鋭く、絶対に曲げないものが内側にあるのだと感じて。「Sちゃんも苦労してきていてね、お父さんが家を出て、お母さんとおじいさんを支えているんだ。」「いやいや、そんな格好いいものじゃなくて、ただ毎日必死なだけなんです。父がまだいた頃、お皿の割れる音や、凄い勢いでドアが閉まる音や、泣き叫ぶ母の声が聞こえてきて、まだ大学生の私がどうやったら家族を守れるだろうって毎日考えました。父が家を出たら、冷戦は収まってほっとしたものの、母と祖父の精神状態が少しおかしくなってしまって。明るく振舞って、なんとか二人に元気を取り戻してもらおうとするのだけど、一人になると疲弊していました。でも、一歩外に出るといろんな人が温かく迎えてくれて、だからなんとかここまで来られたのだと思います。」そう話すと、彼がひと言伝えてくれました。「あなたは強い。」と。その言葉にぐっときました。なぜだろう、彼は本当の強さとは何か知っている人だったからかもしれません。「そんなじゃないんです。ただ、母や祖父に笑ってほしい、その気持ちだけでした。」「あなたは強い女性です。」どうなんだろう、何を強さと言うのだろう、よく一人で泣いているよ、そんなことを思いながらもご両親が引き合わせた理由が少しだけ分かった気がしました。全然違うところで、仲間をかばい、何一つ後悔していない男性がいるよ。強くあろうとすることは自分にムチを打ち、辛いこともあるかもしれない、でもその強さは時に人を守り、簡単にはブレない一本の筋になるから。そういう人の所に人は集まってくるんだよ、だから大切に持っていてほしい、そんなメッセージだったのではないかと思いました。彼の目力は本当に凄かった、内側にあった闘志が表れていたからかもしれないな。
まだ私が高校2年だった時、姉の高校時代の友達が、姉に会いに訪問してくれました。その友達が、性同一性障害だということを姉から聞いていて、いつもショートの格好いい友達が、ある日私をデートに誘ってくれて。そのことを姉に伝えると、「いいんじゃない?行ってこれば?」というあっさりとした返事が。そして友達の苦悩を話してくれました。「制服のスカート履くのを、いつも嫌がっていてね。生理があるのも嫌だって言っていた。胸は筋トレでできるだけ筋肉にしていたよ。」「そうか。どうして私を誘ってくれたんだろうね。」「Sは、そのまま分かってくれるからじゃない?」そんなことを言われ、デート当日の朝を迎えました。車の中で色んな話をし、食事をし、ショッピングモールに入るとトイレへ。とても自然に男子トイレに入っていくので、その後ろ姿を見て沢山の気持ちが交錯し、それでも正直でありたいと思い聞いてみました。「男子トイレに入っていったから少し驚いたの。」「最初は女子トイレに入っていたんだ。でも、見た目がもう男性だし、みんなに驚かれることが分かってからは男子トイレに入るようにしたよ。」「ここまでくるのに、沢山の葛藤があったよね。」「うん、そういう時期も通り越した。」そう言って笑ってくれました。その後、ゲームセンターのバスケをやって、プリクラを一緒に撮ってお別れ。「一日楽しかった~。ありがとう!」この日を忘れることはないだろう。彼が乗り越えてきたもの、乗り越えようとしているものを目の当たりにした日。
時は流れ、勤務先の服屋さんに顔を出した時のこと。「Sちゃん、久しぶり!実はさ、Sちゃんの中学時代のテニス部の後輩○○ちゃんと今付き合っているんだよ。」「え~!そうなの?!彼女、本当に優しい子だよ。キャプテンも務めてくれたの。」「うん、本当にいい子だよ。」その表情がとっても嬉しそうで泣きそうになりました。ナイスカップル、心からそう思う。人それぞれに抱えているもの、色んな形があって、それを認め受け入れ、真っ直ぐに進む姿はやっぱり美しい。彼から学んだものの大きさを改めて知る。