オブラートに包まれて

年末年始、イベントをきちんと味わいたい息子と、なんとか予定通りに終えることができ、ようやくゆっくりとパソコンの前に座れました。映画やスケートは恒例行事になり、元旦は遠くの公園までキャッチボールをしに行き、まさかの筋肉痛の年明けが待っていて。そして両親宅へ行く当日の朝、少しでも気持ちを上げようとボン・ジョヴィを聴きながら身支度を始める自分がいました。毎回の帰省ブルーを何とかできないものかなと思っていると、『It’s My Life』が流れてきて、なかやまきんに君が頭を掠め、鏡に向かって「パワー!」と言った途端に笑ってしまって。もう大丈夫。その後、息子と段ボールに入ったみかんを買って実家へ出向きました。両親だけじゃない、祖父母や伯父さんにも会いに行くんだ。長く、そして意味のある一日のはじまり。

ピンポンと押すと、予想通り父が出て中に入りました。みかんを供え、仏壇の前で手を合わせた後、やや不機嫌な母にご挨拶。「何時に来るか、お父さん何も言ってくれないし、LINEも繋がらないから分からなかったじゃない!」あんたがしっかりしなさいよと父に言いたいことはあったものの、不穏な空気になってはいけないので流すことに。どちらも相変わらずだなと思っていた中、プライムビデオの設定を頼まれていたのでそちらに集中しました。昼食を済ませ、設定も上手くいったので、なんとなくほっとした空気が流れゆるやかな時間が待っていて。父はポケモンGOをやりに外へ。その間、母に操作の仕方を教え、こちらが自然に話していることに安堵したのか、聞いてほしい話があるようだったので向き合いました。どうやら、父側の遺産相続についてなんの話もないのでずっともやもやしていたよう。佐賀の祖母が亡くなり、そういった話が出てもおかしくないのに、何も分からないとのこと。そして、母なりに私にどっと負担をかけない話し方で伝えてくれました。「お金がほしい訳じゃなくて、もし財産放棄の話になったら判子を押したのか、そういうことが知りたいだけなの。うちのおじいちゃんから言われていてね。養子に入ってもらっただけでも有難いことだったから、もし佐賀の方でいずれ財産分与の話が出ても、1円も受け取るなよって。」その話を聞き、祖父の想いが流れ込みぐっときました。やっぱりおじいちゃんは、お父さんにも佐賀の祖父母にも、そして母にも感謝していたんだなと。その気持ちを噛み締めながら、心の中でゆっくり思考が巡り始めました。思いよ届けと願いながら、伝えることに。「お母さんがもやっとしているのも分かるのだけど、きっとお父さんね、財産放棄していると思うんだ。三男のご夫婦がご高齢のおじいちゃんやおばあちゃんのそばに最後までいて、ご実家を守ってくれていた。そのことにお父さんも、きっと札幌の叔父さんもありがとうと思っていたはず。男兄弟3人で話し合って、もしかしたらだけどお母さんに敢えて話さない方がいいと思った内容もあったかもしれない。まとまった額を受け取っていたとしたら、さすがにお父さんも話すよ。白か黒かじゃなくてさ、ぼんやりさせていることにも意味や理由がある時もあるから、そっと見守ってあげて。」そう話すと、言葉を遮ることなく、最後まで聞き深く納得してくれました。「Sがそう言うのならきっとそうなのね。あなたに話すといつもすーっとするの。聞いてくれてありがとう。」その時の母は、攻撃的な要素はまるでなく、とても穏やかに聞く耳を持ってくれました。彼女は、もやもやしてしまうとそれがどんどん膨らみ、自分の何がいけないのか混乱し、それがおかしな方向に転がってしまう時も。でも、その問題を紐解いていくと、ゆっくり気持ちが晴れていく時がある。All or nothingじゃなくて、間にあるものもきっと世の中に沢山あって、それは人の気持ちももちろんそうで、そういったことを少しずつでも取り込んでいけたら、母の心は楽になるのかなと思いました。5グラムの苦い錠剤を飲めと言われると戸惑うけど、1グラムずつ分割し、時にゼリーに混ぜ、本人が吸収できるにはどうしたらいいだろう、時間をかけて考え続けようと思います。それには、父の優しさが必要なんだよなということを相変わらず分かっちゃいない。おじいちゃんの気持ち、また時が来たら父に話そう。全く、みんなのメッセンジャーか、時々若干翻訳してるわ!!とこの場でぶちまけることにして。そして、ネネちゃんに言われた言葉を思い出しました。「うちの家族って私も含めて、みんなSちんの手の中にあるんだよ。Sがみんなの幸せを願ってくれていた。だから私達家族はぎりぎりのところで離れ離れにならなかった。Sちんがそうなるって思ったこと、全部そうなっているの。なんでSは両親のこと、諦めなかったんだろうね。」そう言えば、この質問、おじいちゃんにも聞かれたな。

両親が別居し、一波乱も二波乱もあった後、父が銀行から出向しようやく落ち着いた頃、家庭菜園をやっていた祖父の車庫に何度もやってきて、戻りたいと伝えたんだそう。一人では決めきれないと思った祖父は、「わしではわからん。」とだけ伝え、こっそり私に電話で相談してくれました。母の精神状態がようやく落ち着いてきた、私がいなくなった中で父がまた戻れば、同じことが繰り返されるのは分かっていたので、断ってほしいとお願いしていて。その後、帰省した時に二人でご飯を食べながらその話をしました。「おじいちゃんに断らせてしまってごめんね。」「あの二人はそれで大丈夫か?」「うん。今別居しながらでも何かあったら支え合うようにはなっているし、色々な家族の形があると思うんだ。今時の夫婦かもよ。でね、あの二人法律的に別れないから大丈夫。」「なんでSちゃんはそう思うんだ?」「だって、二人ともなんだかんだ言って寂しがり屋だもん。最後の最後で、結局この人しかいないってどこかで気づくでしょ。おじいちゃんと同居していたから上手くいかなかった訳じゃないよ。だからそこは気にしないでね。沢山遠回りして、本気でぶつかって、最後は添い遂げるから。」そう話すと、「Sちゃんがそう言うならそうなんだろうな。」と安心しながら笑ってくれました。その親心も、改めてまた彼らに話すとしようか。
プライムビデオのことで、夫婦で揉め、息子のLINEに母から相談が来たらしい。私に連絡ができないと息子に迷惑が掛かると思い、それもまた想定内で、両親と三人で繋がるグループLINEに冷静にキレておくことに。今回の件は父が悪い、Sを怒らせるのはまずいと冷や汗をかいているのが想像でき、ちょっと笑ってしまいました。Rにまで飛び火してしまいごめんねと謝り、父をぶっ飛ばす日は近いよう。そんな家族の歴史もまたいいじゃない。最後はオブラートに包まず、本気で笑おうよ。