たったひと言

今日は雨。一凛珈琲へ行ったものの、あまり長居はよくないと思い、いつもの席でいつもの豆サンドを食べて充電した後、車で図書館へ来ました。少し気分を変えようと思い、3階の自習室へ行ってみると、入れ替え制だということ。予約を取り、初めて利用してみると落ち着いた雰囲気に色々なことがスライドのように駆け巡り、さあ何から話そう。以前、息子とみなとみらいに行った時、たまたまゆるきゃらのイベントをやっていて、埼玉県深谷市の“ふっかちゃん”と写真を撮り、後から聞いてきました。「なんで、頭にネギが刺さっているの?」と。深谷市はネギが有名なんだよと説明すると納得したものの、子供の正直すぎる感想に笑えてきて。こんな話はいらない?どうでもいいことをちょいちょい盛り込んでいくよ。

図書館の自習室と言えば、高校3年生の時、大学受験の真っ只中で、2年の時に同じクラスになった男友達が一緒に行かないかと誘ってくれたことがありました。現地で会い、もちろん話してはいけない雰囲気だったので、別々の席に座り黙々と勉強をこなし、アイコンタクトを取り、図書館を出てマックへ。「皆が集中していると、やるしかないから意外と集中できたよ。誘ってくれてありがとう。」「でも、俺疲れた~。」そんな話をしながらお互いを慰労して、アップルパイをかじった瞬間あまりの熱さに、吐き出しそうになり、それを見た友達が大爆笑。何とか飲み込んでから、「笑うから、余計に困ったんだよ!」と言うとまた一緒にゲラゲラ。受験で息が詰まりそうな夏休み、そんな何でもない時間が気持ちを解してくれること、お互いが知っていました。その後、別々の大学進学が決定。「Sちゃん、一緒に図書館へ行ってくれてありがとな。アップルパイには気を付けて。」「まだそれを言う?こちらこそ、ありがとう。大学生活楽しもうね!」彼が、精神的に参っていたこと、なんとなく感じていました。それに気づかないふりをしてそっと見守っていました。男のプライドやもっと本人にしか分からないこと。だから、本当に苦しくなったら話してくれるのではないかと見守り続けた高校時代。気が付くと、本人の第一志望の大学に合格が決まっていた訳で、本当に良かったなと安堵してお別れ。彼にとっては、私の言葉よりも、存在やどんくささが役に立ってくれたのかも。苦しかったね、本人に言わなかった言葉をここに書いておこう。

そんな時が過ぎた大学時代、日曜日だけテニスコートの受付バイトをやっていた頃、ある心臓外科の30代前半のお医者さんに出会いました。月に一度程、一人でふらっとやってきて、サーブの練習をひたすら行い、終わった後に話をするように。その先生が働く病院は、私が生まれ、祖母が亡くなった総合病院でとても親近感を抱きました。「先生、心臓の手術をされることもありますよね。テニスで手を痛めたりしたら、ゴッドハンドが大変だって勝手に心配もしています。」「そうなんだよね。もちろんとっても気を付けているよ。でも、なかなか休みが取れなかったりして、しっかりリフレッシュして気持ちを切り替えることも大事でね。」「そうですね。なんか分かるような気がします。毎日、命の現場にいますから気を張りますよね。」「うん。この間ね、上司の知り合いのお嬢さんを紹介されて二人で出かけたんだよ。一緒に道を歩いていたら、先ほどの角からここまでがうちの敷地ですって言われて、ええ!ってなり、とてもじゃないけど釣り合わないなって思って、丁重にお断りさせてもらったんだよ。僕ね、母子家庭だったんだ。何としてでも医師にならないと、母親に顔向けできないなって思った。」素朴な先生の、優しい雰囲気は、これまでの経験がそうさせてくれているのだと思いました。「先生、これから先色んなことがあると思うけど、そのままのほんわかとしたお医者さんでいてくださいね。」そう言うと笑ってくれました。

その後、時は流れ、私は関東へ。祖父の容体があまり良くなく、母は介護で疲弊しきっていました。冬休みになり、新幹線に乗り、ボストンバッグを持ったまま地下鉄に乗り、そのまま病院へ向かうことに。やっと着いたとへとへとになっていると、通過した一人の医師。お互いが、すれ違い、数歩進んだところで、あっ!となり、同時に振り返りました。「先生!」テニスウェアではなく白衣の姿に、なんだかぐっときてしまい、次の言葉が出てこないでいると、微笑みながら伝えてくれました。「あれからどうしているかなと思っていたんだよ。元気だった?今日はどうしたの?」「今は関東の大学図書館で働いているんです。先生に、大学でやり残したことがあるって相談した時、社会人になってからでもいくらでも戻れる、いろんな制度があるからって。その言葉がずっと心に残っていて、聴講生になって心理学を学んだり、司書の資格を取る為にもう一度大学に通ったんです。あの時話を聞いてくれてありがとうございました。今、祖父が脳梗塞で入院しているんです。」「そうか、夢が叶ったんだね。おめでとう。お祖父さん、どの先生に診てもらってる?科は違うけど、横の繋がりは結構あるから、僕からひと言伝えておくよ。友達のご家族の患者さんだからよろしく頼むって。」「ありがとうございます。そのお気持ちだけで十分です。久しぶりに会って、先生の雰囲気がそのままで、なんだかとっても嬉しかったです。」「あなたも変わっていないよ。会えてよかった。」その去り際が、どれだけ優しかったことか。苦労して、苦労して掴んだ医学部の切符。その時間が、ずっと先生の中に流れているのだと思いました。

「なんで心臓外科の道を選んだんですか?」「とても難しい学問だと思ったから。あと、命に直結しているから。心臓ってね、綺麗なんだよ。」美しい人がここにもいた。心が汚れていない人の言葉が、どれだけ真っ直ぐ届くのか教えてくれた人。