自分の地図

息子の熱は一日で下がったものの、咳がなかなか治らなかったので、発熱外来を受診することに。まだ本調子ではない子供を病院に連れていくのはなかなか大変、でもそれを何度もやってきたんだよねと朝から自分を奮い立たせ、待合室まで辿り着きました。長い時間待ち、ようやく呼ばれると担任の先生に似た明るい女医さんでなんだかほっこり。症状を説明し、聴診器を当ててもらった後、伝えてくれました。「肺には問題なさそうですね。喉は少し赤いので、その症状を抑える薬を出しますね。学校でインフルエンザが流行っているということですが、今日検査してももう陰性になるかもしれないんですけど、どうしますか?」「しなくて大丈夫です。」「あ、でも出席停止扱いになるので、その方が良ければ検査してみますよ!」この先生、皆勤賞とかの心配をしてくれているのかな、優しいなと嬉しくなりながら伝えました。「今、コロナの影響で少しでも風邪の症状があれば休んでくださいということなので、このままでいいです。ありがとうございます。」「そうですね!学級閉鎖中ですしね!それではまた症状が改善されないようならいらしてくださいね。」なんだか先生素敵と思いながら、笑顔でお別れ。私が移っていないかの心配もしてくれて、ぐっときました。心の処方箋は受け取ったよ。

その後、薬嫌いな息子を説得したものの、小さい錠剤しか飲んでくれず、困惑。想定内と言われればそうなのだけど、全然症状が良くならないので、さすがに飲んでほしいなと怒ってしまわないようにトーンを落とし、薬の大切さを伝えることに。それでも、ありとあらゆることに敏感な息子は、異物が体の中に入ることを怖がり、長い時間の攻防戦が待っていました。「粉の薬は味がだめ、錠剤は喉につかえてしまいそうな不安感がある、そのどちらもの気持ちは分かるんだよ。でもね、自分を助けてくれるお薬なんだ。その大きさを飲めたら、今後別の病気になってもきっと助けてくれるよ。最初の一歩が怖いだけ。そこを乗り切ったらRは自信に繋げてくれることを知っているから。」そう伝え、納得してくれそうな気配はあったものの、喉が痛くメンタルも低下中なので、薬を持ったまま俯いてしまいました。ちょっと角度を変えて話してみようか。「冬休みにね、D君と二人で遊んだことがあったでしょ。予定の時間より遅れて帰宅したから理由を聞いてみたら、自転車の調子が悪くて、D君が直そうとしてくれたけど、無理だったから引きずりながら帰ってきて遅くなったって。その話を聞いて、お母さんね、本当の友達だって思ったの。その日、寒かったんだよ。それでもD君、先に帰ろうとせず、Rが困っているのが分かるから一緒に直そうとしてくれたの。楽しいことなら、そんなに仲良くない子でも共有できるかもしれない。でも、困っている時辛い時にそばにいてくれる人は本物だって思うんだ。そういう関係を大事にしてほしい。だから、D君が辛い時は寄り添ってあげてね。Rはとにかく外では頑張ってしまう。でも、家ではお母さんの前で爆発してしまう時がある。そうやってバランスを取ることも大切なこと。それでも、その落差があまりにも大きいと、どれが本当の自分なのか分かりづらくなってしまうこともあるかもしれない。その落差が小さくなることでR自身少しでも楽になってくれたらいいなと思っているよ。」そう伝えると、大粒の涙をポロポロと流し、真っ直ぐに届いてくれたことが分かりました。奥底から湧き出た滴、その気持ちを忘れないでいてくれたら、息子の心は枯れることはないだろう。

それからは頑張って大粒の薬も飲んでくれて、ようやく9連休を終え、月曜日に学校へ行ってくれました。二人暮らし、息子を守れるのは私しかいない、その気持ちが自分の体を守ってくれたのか大きく崩れることなく日常に戻れたことに安堵しています。するとなぜか中学校の頃を思い出して。ソフトボール部でキャッチャーをしていた友達が、声をかけてきました。「私、生徒会長に立候補することにした。Sに応援演説をしてもらいたい。」「え~!!」「もう決めたから。Sしかいない。女で生徒会長になるなんてってみんなに思われると思う。それでも挑戦したいんだ。」その心意気に惚れた!と思いながら喜んで引き受けることにしました。「頑張って!結果はどうあれ、立候補することに大きな意味があると思う。」そう言ってタッグを組むことに。もう一人の立候補者は、1年生の時に一緒に議員をやった腹が立つ程文武両道の彼。野球部員で、同じ班の時、一緒に給食を食べながらポジションの話をしたことがありました。「野球ってナインって言ったりするでしょ。9つのポジション全部言えるよ!」と意気込んだものの、最後の一つがなかなか出てこず、若干イライラしながら言われてしまいました。「ショートだよ!!そこが抜けたらエイトになるだろ。」カチン!給食なんだからもうちょっと楽しく会話しましょうよと思った時のことが思い出され、選挙に燃えてきました。いい戦いにしよう。それから、友達の良さを引き出すエピソードを書き出し、原稿を清書し練習。他の友達の前でも読み、紙が無くてもいけるんじゃないかと言われたものの、こちらが目立っても仕方がないと思い、原稿を持って壇上へ。アナウンサーのように、時々だけ確認の意味で文字を追い、全校生徒の前で彼女の思いを届けました。その後、友達の演説が終わった後、生徒指導の体育の先生がマイクを持ち、彼女へ質問。予想外の展開にどよめきが起き、一斉に耳を傾けました。「いつも遅刻ばかりしているのに、生徒会長になったら時間通りに学校へ来られるのかを聞きたい。」と。そう、彼女は遅刻王でした。それを知っていて私も引き受け、そして体育の先生も友達の勇気を密かに応援していることを知っていました。負け戦、それを誰もが感じていて、だからこそ後輩達に気持ちを伝えられるのは最初で最後になるだろうと、先生が敢えていやな質問を投げかけた愛がそこにはあって。「・・・生徒会長になったら遅刻はしません。やれるだけのことはします。」声は小さかったものの、はっきり伝えてくれたことで、先生はにっこり微笑んでくれました。分かりましたと。結果は、惨敗。野球部男子君が圧勝に終わりました。私が原稿を持たずに、もっと顔を上げて自分の言葉を届けていたら、あと10人は票を入れてくれたかもしれない、それでもやっぱり、彼女の勇気に拍手を送りたいなと思いました。その数か月後、生徒会長を中心にまとめ上げられた3年生が最後の体育祭へ。その全校生徒の練習の最中、野球部で一番大人しい一人の部員が、野球部顧問でもある体育の先生に何やら呼び出され、朝礼台に上がることが分かりました。「え?なに?」と近くにいた生徒会長に驚くと、「あいつ、何か言うな。ちょっと見てろ。」と半笑いでこちらに伝えてきました。マイクを持ち、全校生徒にひと言。「今日、何か忘れ物をした人は立ってください。」は?というか、彼の雰囲気教室と変わっているし。と生徒会長にアイコンタクトを送ると、笑いを堪えながら伝えてきました。「あれが彼本来の姿なんだよ。俺達が野球部でどれだけ鍛えられているか知ってるか?○○は特に自分に厳しい。後輩からの信頼も厚いんだよ。あいつの言葉は重い。それを監督も知ってるんだよ。」教室にいる時はおっとりしていて、私があほなことを言うと隣でそっと笑っているような彼が、こんなに逞しい人だったなんて。見えているものが全てじゃないぞ、生徒会長にまたやられたようでした。陸上部で、色々な部活の部員が集まり、野球部監督が陸上部監督にもなってくれた全ての時間は、とんでもない経験だったんだ。

時は43歳、病院の薬が上手く飲めない息子に伝えました。「お母さんね、あなたにとって地図のようなものなのかもしれない。こっちの道があるよ、こっちの道の方が遠回りかもよ、でもその道を進んだらとんでもない経験ができるよって伝えることはできる。でもね、ハンドルを握っているのはRなんだよ。自分がどうありたいのか長い時間をかけてゆっくり進んでいってね。あなたの勇気をどんな時も応援してる。」この言葉の意味分かっただろうか。どの道を選んでも、肯定する。そんな親でありたい。