持ちたいもの

シェアオフィスのミルキーのKさん。彼はいつも話せる側のスペースにいるので、お会いすることがめっきり減ってしまったのですが、秋に歩道で会話した内容をふとした瞬間に思い出しました。そこは花屋さんの前、勇気を出してこのサイトの存在を話し、収入が少ないことを理由に夫に辞めてほしいと言われた話を正直にすると、伝えてくれました。「それは違う。辞めてほしいではなく、どうやったら収益が上がってくるのか一緒に考えようって言うのが夫婦でしょう。」この人は、“夫婦”というものがどういうものなのか本当によく分かっている方なのだと思いました。そんな言葉をかけてもらえてなんだか嬉しくて。サイトに留まらずもう少し前に出ちゃってください、そんな彼らしいアドバイスが蘇り、友達っていいなと改めて思いました。随分落ち着いたら、一連の話を聞いてもらおうか。また絶句された後、一緒に笑ってくれたなら。

友達といえば、不動産関係のお仕事をされていたHさん。少し自信を無くしていた時、自虐的に伝えた言葉に笑いながら言ってくれました。「私、司書としてもライターとしても、なんだか大したことなくて。」「そうですか?○○さんのコミュニケーション能力ってめちゃくちゃ高いと思っていますよ。それって誰でも持っているものではないから。聞き上手なんですよ。自然と楽になっていく、司書さんでもライターさんでも活かされているって思っていますよ。」なんだかぐっときた優しい時間でした。「僕の税理士事務所、今テレワークでオフィスに1人っていう時があるんです。もう9割やる気がなくなってしまっていて。でも、○○さんと話すと上がるので、毎日来てくださいね!」そんなことを言ってくれるかわいい弟のような存在。私は読んでくださるみなさんの癒しに、今日もなれているのだろうか。サイトを閉じた時、空を見上げ自分の心を包んでくれているだろうか。

新居でふと一人になった時、幼少の時の記憶が映像で急に流れました。それは、和室で皆に囲まれ、ラッピングされたお誕生日プレゼントを父から渡された時のものでした。開けてみると、バンビのぬいぐるみでハグをして大喜びする私を父が嬉しそうに見ていました。そして、その瞬間姉の顔が曇り、胸が痛くなったところで記憶が途切れました。やっぱり姉の言っていたことは正しかった、祖父からもらったものではなく、父からもらったもの。一度も父からプレゼントをもらっていない姉の表情を思い出した時、この痛みは計り知れないのだと実感として分かった気がしました。それにしても、なぜこのタイミングで思い出したのだろう。悲しい記憶を奥底へ押し込んだ、自分に少し余裕ができた時、もう思い出しても大丈夫なタイミングで引き出されたのだとしたら、この先もっと出てくるのかも。前回会った時に伝えてくれました。「不妊治療をしていた8年間、沢山考えたの。私が養子をもらっていたら子供を授かっていたのかなって。でもそれだと歴史が繰り返されてしまっていたからそれも違うって。」私の知らない所で沢山悩み、迷い、立ち止まった姉がそこにはいました。先祖を誰よりも大切にしていたネネちゃん、前のマンションでお義父さんの仏壇に毎回手を合わせてくれた彼女の後姿は、どんな時も美しかった。沢山苦しんだ人から流れるものは、深さが違う。
そんな姉が、自分の心を守るために、鎧の上から鎧を着ていた20代。留学したカナダでその鎧は外れ、自然体で会えたことが本当に嬉しくて。「お姉ちゃん、ちょっとふっくらしたよね。」「ホストファミリーのママがどっさり料理を作ってくれるから太っちゃうんだよ。でもね、寒い時期にバス会社のストライキがあって、大学まで歩いて行っていたからちょっと痩せた!」ダウンジャケットにマフラーをぐるぐる巻きにしてスニーカーで歩く姉。関空で制服を着て格好よく働いていた姿とは反対側のくだけた彼女に会えて、泣きそうになりました。そして、フィアンセだったチャイニーズカナディアンの彼。その時プレゼントされたティファニーの指輪は、別れた時に妹の手に渡りました。「私はもう付けられないけど、Sのことを気に入っていたから、あんたが身に付けたらきっと喜ぶから。」と。その指輪は、別居前から外した結婚指輪の代わりに身に付けることに。そして、ドレッサーの指輪入れに置きっぱなしで引っ越しをしてしまい、落ち着いてから急に思い出し、慌てて引き出しを開けるとそこにはちゃんと収まっていてほっとしました。その後、ティファニーのお店に行き、クリーニングをしてもらうとまた輝き出して。ちょっと力をもらうよDちゃん、姉の元彼に呟き歩き出した横浜駅。錆びついてなんかいられないな。

「両親のことは好きにはなれないけど、Sちんのような妹を持てたことは私の誇りなんだよ。」随分前にそんなことを伝えてくれたネネちゃん。妹が生まれて辛い思いを沢山したのに、こんな言葉をかけてくれる彼女を幸せにしたい。あなたがお姉ちゃんで良かった、心から伝えた時、鎧を、これまで抱えた大きな塊を海に捨ててくれると願って。