一本の連絡

ある夜、姉から一通のメッセージが入ってきました。『Sちん、おばあちゃんのこと聞いたかな?』その文面を読み、すぐに訃報だということが分かって。内容を促すとやはり予感は当たっていました。父は、姉に話せば私に伝わるだろうと、気を遣わせないようにしてくれたのではないかとも感じられて。そして、これは電話で話した方がいいと思い、すぐにネネちゃんと長時間にわたる話し合いが始まりました。その日は1月16日、明日は阪神淡路大震災が起きた日から30年かと思うと、本当にいろんな気持ちになって。17日が通夜、18日土曜日が告別式だということ。佐賀県までどうやって行けばいいだろう、Rはどうする?私の体も万全ではない、何より大学時代に佐賀でいろんなことがあり辛さもある、でもおばあちゃんとお別れがしたい、沢山の気持ちが渦巻くこちらの心境を感じ、姉が伝えてくれました。「私が代表で行くから、無理はしなくていい。Sちんはしたいようにして。親戚のことよりも、SちんとR君のことを一番に考えてね。」こうやって心情を理解してくれる彼女の器に何度も助けられてきたんだな、改めてそう思いました。「実は、父と母の結婚50周年記念で、お祝いの旅行にお母さんから誘われたのだけど、断ったらまたもの凄い攻撃メッセージが飛んできたの。それ以来、何の連絡もしていないからまた激怒していると思う。」「50周年とか言うけど、そこに行き着くまでにSちんの尽力がどれだけあったと思っているんだ。あんた達どろどろだったやろって。もうね、Sちんさ、40代になって本当にもう両親に対して何もしなくていいって言うぐらいこれまで彼らの為にやってきたんだよ。本当にもう何もしなくていい。お墓もSちんが探してさ、十分やったよ。私は土曜日の告別式に出ようと思っているんだけど、両親の為ではなく、SちんとR君のことを考えて返事を待っているよ。明日の午前中までに連絡もらえたら、飛行機のチケット取るから。」そう言って、どこまでも私の視点でいてくれたネネちゃんの想いに泣きそうでした。その後、プログラマーのMさんに状況を説明し、Rを見ていてもらえないかとお願いすると快く引き受けてくれることに。二人の気持ちを胸に、大切な旅が始まる。

翌朝、息子に説明するとあっさり理解してくれて一安心。その後、いきなり航空会社からメールが飛んできて驚きました。それは、羽田佐賀空港間のフライト。いろんな気持ちがぐるぐるしていると、姉がメッセージを送ってくれて。とりあえず予約を入れないと埋まってしまいそうだったから、プレッシャーをかけてしまったらごめんね、まだキャンセルはできるよといういかにも彼女らしい内容でほっこり。どこまでも仕事が早いな、そして配慮も忘れない。ひとつ息を吐き、押された決済ボタン。一緒に飛行機に乗る、でも帰りは一人で新幹線に乗って帰るから、火葬場までは行けそうにもなくてごめんねと伝えると、その判断を尊重してくれました。妹はぐっとアクセルを踏み、自分の為の決断をしたんだなと。17日は、葬儀の用意をし、空港までの高速バスを予約し、慌ただしい中であっという間に時間は過ぎ、息子とハグをして就寝。そして、翌朝3時半に起き、喪服を着てその上からコートを羽織り、爆睡中の彼にひと言だけ声をかけ家を出ました。まだ外は真っ暗、日帰り佐賀だよ、大きな一日になるな、そんなことを思いながら電車に乗り、高速バス乗り場へ。まだ夜が明ける前なのに意外とお客さんはいて、寒い中バスを待っているとようやくやってきてくれました。スーツケースの方が多く、そういえば前回の乗車は、旭川に息子と行った時だったなと懐かしくなって。時がどんどん過ぎていく。「ネネちゃん、今回の便ってターミナルどこ?」「ニタミ!」そう電話で教えてくれていて。関空で勤務していた頃から、姉は1タミ2タミという言葉を使っていました。「え?ワタミ?!」とこちらがボケると、「なんで今の会話で居酒屋が出てくんねん!」と大阪にいた頃、散々突っ込まれたことが蘇り、心が和んで。そんななんでもない出来事を胸に置き、短時間だけ眠り、第2ターミナルで降りました。そして、チェックインカウンターで姉と合流。空港で働いていたネネちゃんの姿が頭の中で通過し、感極まりそうでした。やっぱり彼女は空港が似合う。笑顔で挨拶し、姉妹のささやかなデイトリップが始まりました。なんて優しいひととき。その後、慌ただしくチェックインを済ませ、朝から混雑している空港内で、搭乗へ向かうバスに乗り、機内に入りました。席は前後、すると姉が広い方を譲ってくれて、彼女の背中を見ながら座ることに。2時間のフライトの中で、軽く眠ることもでき、窓の外を見ると雲の上でした。沢山のことを一緒に乗り越えてきたね。幼少の時、私の手を繋ぎ、二人で佐賀行きの新幹線に乗った頃も蘇り、姉の後姿を見て堪らない時間が過ぎていきました。そして、九州が見えてきた時、機内に点いていたテレビから、佐々木朗希投手がドジャースに入団というニュースが飛び込んできて。なんだかすごいタイミングだなと嬉しくなっていると、飛行機は着陸態勢へ。ゴーッという音と共に、佐賀の地へ降り立ちました。最後に来たのは大学4年の卒業前、23年前だよ、あの時はラスト佐賀だと思っていた。また来たよ、おばあちゃん、別れを告げるんじゃない、会いに来たんだ。

9時半前に佐賀空港に着き、姉がレンタカーを借りに行ってくれました。最後に行った時、両親は険悪の別居状態、おばあちゃんから悲しくなることを言われ、おじいちゃんには包まれ、本当にもう沢山の気持ちを抱えていたことを知っていたのは姉だけでした。レンタカーに乗り、ハンドルを握ったネネちゃんは伝えてくれて。「Sちん、少し時間を置いてから行こうか?」「大丈夫、時間ないし。ありがとう。」「今日のゴールを決めよう!」「佐賀駅!」「いやいや、物理的なことじゃないし!」といつものようにボケる妹に、姉は同じ温度で突っ込んでくれました。「高く設定すると、両親からの卒業式。低く設定すると、おばあちゃんとお別れしてくるよ。」「いいね!」そう言うと、微笑みながらアクセルを踏んでくれました。のどかな田園風景が広がる中で、白い車に乗る私達がいて、不思議な時間でした。それでも、胸は痛み、信号が黄色になると赤になって止まってくれないかと願っていて。隣にいるネネちゃんは、多くのことを感じ取ってくれていました。「世の中令和なんだよ。昭和じゃない。家を大事にとか親戚の手前とかじゃなくていい。もっと流れのままに、風のようにでいいと思うんだ。Sちんの人生なんだよ、好きなように生きな。」そんな姉の言葉と共に着いた葬儀場。あまりにも愛に満ちた1日は、次回へと続く。