息子の氏変更の審判書が、弁護士の先生を通して送られてきました。先生とやりとりした何通ものレターパック、これがきっと最後の書類になるだろう、それを思うと色々な気持ちがこみ上げて。そして、大事な審判書を持って市役所へ。また戸籍課の前で待っていると、番号が呼ばれ事情を説明しました。裁判所の待合室で今後の流れを話してくれた先生。離婚が成立したら、まずは私が元夫の戸籍から抜ける、その後、息子の戸籍を私の新しい戸籍に入れる手続きをする為に、裁判所の許可が必要だということ。そこまで私がやらせて頂きますと伝えてもらっていたので、委任状を書き、お願いしていました。その書類を持って、入籍届に記入していたら、先生と交わしたいくつもの言葉や時間を思い出し、胸がいっぱいに。そこは、初めて会った横浜駅のドトール。初対面とは思えないフランクな先生に、壁なんてなくて、聞いてくれました。「無事に引っ越しできた?」と。一番最初に電話をしたのは、引っ越し日の数日前。もう段ボールに囲まれ、慌ただしい中で、自分の精神状態もぎりぎりでした。先生が一緒に頑張りましょうと力強く手を握ってくれた電話から、1週間も経たないうちにお会いすることに。無事に引っ越しができたことを伝えると、笑顔で安堵してくれました。スムーズにいって良かったと。それから、どんな時も1歩先を歩き、手を引いてくれた時間があって、最後の書類を持ち、新しい戸籍に息子を入れることができた時、先生への感謝が押し寄せました。ここまで見届けてもらい、お別れなんだなと。新しいマンションはSさんとお子さんのおうち、私は法律的な立場から二人が新しい戸籍に入るまで見送りますね。先生が届けてくれた気持ちを胸に、戸籍課の方にお礼を言って市役所を後にしました。先生、ここまでありがとう。息子と歩き出します。
裁判所の待合室、様々な方達がいるのに、先生と二人でいるとそこだけ温度が3度上がっているかのような明るさがどこかにあって、難しい局面の時も笑い飛ばしてくれる先生に何度も助けられました。初対面の時、伝えてくれて。「私、この仕事が好きなんです。」と。その言葉を聞いてぐっときたし、こういう生き方を格好いいと思うんだろうなと。たった一度も彼女はぶれることなく、その姿勢を少しでも吸収できていたらいいなと思っています。待合室、本当に沢山の人間模様がありました。みんな何かしら今分岐点にいるのかなと。俯いてしまいそうな状況の中、先生が思いっきり顔を上げて笑ってくれるので、一緒に何度も笑い、最後に裁判所を後にする時にはここで得られた時間を忘れずに持って進もうと決めていました。長い人生、本当に沢山の分岐点があるなと。それを選ぶのは自分で、言い訳するよりもこれからどうしていきたいのかを考えていたい、そう思わせてくれた貴重な経験でした。毎回通過した横浜スタジアム、今度はその中で息子と思いっきり野球観戦を楽しめる日を目標にしよう。シウマイカレーを食べながら、泣けてくるかもしれない。
ふとテレビを点けると、ダルビッシュ有投手の昔のエピソードがやっていました。メジャーリーグに行くと決まった後、広島の前田健太投手がバッターボックスに立った時、マウンドにいたダルビッシュ投手のメッセージがそこには込められていて。ピッチャーを抑える時は、そこそこの配球で決めることが多い中、キャッチャーのサインに何度も首を振ったダルビッシュ投手。前田投手も、あれ?と思いながらバットを構えていたよう。後に、その時の投球は、これから日本のプロ野球を背負って立つ前田投手に、あらゆる球種を見せ、こうやって抑えていくんだと伝える為だったと明かしてくれました。言葉ではなく行動で、最後の対戦で自分に何ができるだろうと考えた末のダルビッシュ投手の気持ちに、胸が熱くなって。その時の思いは、間違いなく前田投手に受け継がれ、メジャーリーグで大活躍するピッチャーになったのだろうと思いました。野球選手が見せてくれるもの、それはずっと自分の中に流れ続けています。
ヤクルトのレジェンド、古田敦也さんが現役の2004年、プロ野球でストライキが起きました。その当時選手会長であった古田選手が、苦渋の決断でストを起こしたことを今でも鮮明に覚えています。野球が好き、だから試合をしたい、それでも譲れないものがあるのだと、そこに強い意志を感じました。横浜スタジアムで行われる予定だった試合も中止になり、すぐ近くで働く中華街の方達が悲痛の声を上げ、胸が詰まりました。そこの球場の中だけの話ではなく、その周りにも多大な影響があるのだなと。それを全部分かった上で、声を上げた選手のみなさんを応援したいと思いました。その後、終結し、こんなにも自分は野球が好きなんだなと改めて感じて。キャッチャーマスクを被り、対戦相手の選手がバッターボックスに立った時、一番嬉しかったのは古田選手なのではないかと思いました。ラミレス選手に『ゲッツ!』などのパフォーマンスを教えたのは、古田選手。お客さんが喜ぶからと、いつも日本の野球界を考え続けてくれる古田さんにはありがとうと伝えたいです。
息子がヤクルトのキッズ会員に入会したので、私のスマホにはガンガンヤクルトの情報が入ってくる日常。ラガーマンTさんが所属していたリーグワンのラグビーチームのファンクラブにも入っているので、同じタイミングで二つのチームからメールが入っていて、笑ってしまいました。これは楽しい忙しさだなとなんだか嬉しくなって。「スポーツ選手はね、体だけじゃなく、心も鍛えるメンタルトレーニングもしているの。プレッシャーを跳ねのける強い自分を作る為、もっといろんな意味があるんだと思う。お母さんね、ラグビーの“トライ”という言葉がとても好き。倒されても倒されても勇敢にボールを持って、トライを決める選手達にいつも勇気をもらっている。心を鍛えるって難しいけど、自分に翻弄されない自分でいられたらいいね。」息子に届けた言葉が自分にも返ってくる時。新しいボックスで、どれだけのドリームを詰め込められるだろう。そこに沢山の形をしたボールがあったら素敵。夢を追いかけよう、いくつになっても。