越えられそうな予感

両親宅へお盆に行こうか迷い、彼らにではなくご先祖様に会いに行こうと思えば気が楽かなと切り替えて、15日の夕方に訪問すると父に伝えました。いつもは『了解』と入る返信が、『了解しました』と書かれていて、ちょっと吹き出してしまって。春休み、両親と息子の4人でランチに出かけたものの、いろんなものが見えて思うところがあったので、さすがに二人には落ち着いたトーンで後日怒りのメッセージを送ることに。それにより、母からはまた怒涛の返信があった中、父はノーリアクションだったので、どれだけ奥深くに届いているか読めなかったのだけど、今回の返信で答えが分かって。それなりに痛い所に当たっていて、反省している風を見せているなと。本当に分かりやすい人だなと、少し肩の力が抜けたようでした。その後、ショッピングモールでお供え物を買うために老舗のお菓子屋さんへ出向くと、若い女性のスタッフさんが対応をしてくれて。すると、隣で他のお客様の対応をされていた先輩らしき方が、「お客様~。」とご年配の女性を追いかけていくので、何事?!と思い視線を走らせることに。どうやら、梱包をして背を向けている間に、お会計を終えて安心したお客様は、一仕事を終えた気になって帰ってしまったよう。振り向くといなかったので慌てて追いかけ、二人が笑って戻ってくるのでこちらもツボにはまってしまい、一緒に笑うと、もう一人の店員さんも笑ってくれました。なんてあたたかいひととき。お供え物を買いに行ったらこんな優しい時間になった、今回の訪問はきっと大丈夫、そんな気がしました。うん、いい風が吹いている。

当日は終戦記念日、祖父にとって特別な日であることはその背中を見て知っていました。テレビの前から離れようとしない、戦いは終わったのだと自分にも戦友にも語りかけているようで。盆提灯の穏やかな色が、おじいちゃんをそっと包み込む、そんな時間に毎年ぐっときました。その日は、息子の歯医者もあったので、慌てて準備をし、時間がないことも分かっていた中で遠回りをして、仲良くさせて頂いている住職さんのお寺へ。今日は実家へ行く前に、ここに寄った方がいい気がする、そんな気持ちになり息子と行きました。すると、すぐに分かって。「今日、住職さんいらっしゃらないね。」「どうして分かったの。」と息子。「いつもの自転車がないから。」そうなんだと納得していたのだけど、実はそれだけじゃなくて。今日はお会いできなくてもいいやと用事がなかったり、こちらの心が落ち着いている時は会えない可能性がとても高い。本当に不思議な方なんだよなと。家を出る時から、今日はお会いできないことはなんとなく分かっていました。それでも、手を合わせに行くことがとても大事だった、この感覚、いずれ息子にも分かるだろうか。そんなことを思いながら、二人でお参りを済ませ、歯医者さんへ行こうとするとすぐ近くには黒い雲が。これは集中豪雨になりそうだと慌てて自転車で自宅へ戻り、二人分のレインコートを持って再度出かけました。ポツリときたものの、ほとんど濡れずに院内へ。引っ越しで息子が幼少の頃から通っていた歯医者さんが遠くなっていたので、思い切って私が前から通う歯科へ行くと、30代の男の先生とも相性がよくほっとしました。病院嫌いの息子を連れてくるだけでも一苦労、矯正の可能性もあり、この先生なら大丈夫と思ってもらえることは本当に有難いんだよなと。いい流れが来ている、本当にそう思いました。その後、外に出ると黒い雲はどこかへ行き、両親宅へ。ピンポンと鳴らし、玄関に入るとスリッパが二足並べられ、母の機嫌はそこまで悪くないのでは?と思いながら、二人で手を洗っているとリビングから声が。「何をあなた達そんなに長い時間洗っているの?」と笑い声が混じっていて。今日は大丈夫な日だと安堵して中に入ると、負のオーラでもなく、高すぎるテンションでもなく、落ち着いた明るさの母がいて、隣で父も笑っていました。この人達、頑張っているんだなと。二人でご挨拶をし、仏壇の前にお供え物を置いてお参りをすると、母からひと言。「去年もらったゼリー、私達食べないからまだ冷蔵庫で、それ何?」ん?すでに賞味期限切れていないか??「お饅頭だよ。」「それならいいわ。」人ってそんなに劇的に変わらない、これもまたご愛嬌だなと笑うことにして。よく見渡すと、ごちゃごちゃ置かれた物が減り、部屋の中が少しすっきりしているのが分かりました。母の心の象徴のようだとも思って。苦手なことと向き合い、逃げずに整理し、そして勇気を出して捨てたんだね。だからホールができ、少しの余裕が生まれた、なんだ自分にもできるんじゃないかと。一人で頑張って生きてみますといった手紙を届けてきた母、その言葉を実践しようとした彼女の頑張りが伝わり、嬉しくなりました。あとは、お父さんがその姿を認めてあげること、そこに尽きるよ。気付くかは本人次第。それから、父が私の出身大学の話を振ってきて、色々と聞いてくるので、明らかに気を遣っていることに気づき、怒りのメッセージが急所に当たっていたことが分かりました。世界中の誰よりも、父のことを知っている。いいことも悪いことも、痛みも後悔も全部。一番の理解者を敵に回すのは非常にまずいという父の気持ちが透けて見え、笑いを堪えるのが大変でした。あのね、私はあなた達と二度と会えなくても何も困らないのだけど、あんた達は困るやろ!!という裏側のメッセージにも気づいていたよう。いつもなら夕飯前にお風呂に入りたがるのに、今日は待たせるからいいぞ~なんて言うので、ずっこけそうになって。この時間、このぬくもり、どうか忘れないでいて。

お墓の話を改めて両親としようかとも思っていたのだけど、二人の様子を見てやめました。私の助言ではなく、彼らのタイミングで動いた方がおじいちゃんは喜ぶのではないかと。二人だけの共同作業、そこに大きな意味があるのだと思いました。遺影を見ると、祖母の写真は白黒で、祖父の写真はカラーで、やはりおじいちゃんの方が近さを感じました。それは色だけでなく、長年一緒にいたという時間的なことだけでもなく、今でも祖父の影響力は続いていて、おじいちゃんは大きな器で私達を守ろうとしてくれているのではないかと。お墓の移転計画の話をネネちゃんに持ちかけた時、姉は言ってくれました。「Sちんはどうしたい?Sの気持ちが大事だと思っているよ。」そこに両親の意見はすっ飛ばされていて。妹は今でもおじいちゃんを感じている、そこが一番重要なのだと。「Sちんがこうした方がいいと思って動いてきてくれたこと、全部その通りになっていて、実際私達家族はその気持ちに助けられてきたの。おじいちゃんもそう、Sだから見えるものがあると思っているよ。」私は、そんな気持ちを伝えてくれたネネちゃんに助けられてきたよ。相変わらずプライムビデオで揉めている両親に失笑し、何度説明してもすぐに忘れて文句を言ってくる母はやっぱりそのままで、そのやりとりを聞き後ろで笑っている父に母は怒り、まだ帰らないの~と息子からの暗黙のメッセージにこちらは焦り、その空気感までもなんだか愛おしく、そっとしまっておこうと思いました。まだまだ言いたいことはきっとあるのだけど、敢えて言わずに生を終えるのもそれはそれでいいのかなと考えてみたり。おじいちゃん、どう思う?心の赴くままに、そう言ってくれている気がしました。最後は二人に考えさせないかん、答えを自分で探し続けるのも人生、そう笑ってくれているようでもあって。いい流れに乗ったよ、でもね、きっとまた苦しい時期が来る。それも知ってる。だけど、水の流れに逆らわず、いつか辿り着く海を目指そうと思うよ。遺影に向かってまた来るねと手を合わせた時間、そして、母と次の約束をすることなく笑顔で別れることができました。何かを越えられた日、そんな今に感謝したい。