成功体験の積み重ね

主治医とのスケジュールが今回は合わなくて、少し診察の間隔が空いてしまったので、寂しくなって思い起こされた一つの会話。数回前の診察終わりに、なんだか最近気分が滅入るという話をすると、ぽつりと伝えてくれました。「少しの間、テレビを観ない方がいいかもしれないね。悲しいニュースが最近多いから。」と。その言葉が余りにも優しくて、こちらが色んなことをキャッチしやすいことも十分わかって伝えてくれたよう。先生のその温かさの方がはるかに多く吸い込めましたよ。これで、もやっとしていたものが吐き出せた絶妙な終わり方でした。感じる力、主治医からももらっていたりして。

息子の相方、くまのくみちゃん。まだ幼稚園にいた頃、旅行にも連れて行くとうるさかったので、朝の準備をしている時、忘れないように目立つ所に準備しておく~と言って、両手にマグネットの付いたくみちゃんは冷蔵庫に張り付けられていました。1泊分の準備も済み、いざ出かけるとなった時にふと見るとくみちゃんがスパイダーマン状態で冷蔵庫にくっついたままで大爆笑。「二日間この状態で忘れていくところだったじゃない!」と息子に伝えると、「くみちゃんごめんね。」と言ってしっかり自分のバッグにしまっていて。まだまだ幼稚園児のする行動は不可解で面白い。
そしてここ最近、「今くみちゃんの足踏んだでしょ。痛いよ~。」と私が言うと、「ぬいぐるみだし!」と突っ込まれてしまいました。いつも息子の世界観に付き合っているのに、急に現実的になるんかい!!そして、ある日。くみちゃんがなぜか出かけていたという展開が待っていた訳で。どこに行っていたの?ととりあえず聞いてみる。「動物薬局。」という息子からの返事にやはり笑ってしまい、その時の気分に合わせるこんな時間はもう少し続くのかなと、微笑ましいような面倒くさいような。疑似体験、一体どれだけしただろう。孤独にはさせない、みんな仲間、うるさい程伝えてきた私の言葉は彼に届いているのだろうか。

自分が得意としていた料理は焼き菓子。母のことでギリギリの状態まで追い込まれた数年前、作れなくなってしまいました。学生時代から少しずつ集めた沢山のお菓子の型も、全部捨て、きっと何かを丸ごと忘れようと必死だったのだと思います。それでも、大勢の人に食べてもらったなと思い出はちゃんと残っていて。息子が学校からいっぱい持ち帰ったさつまいもを見て、どうやって消費しようかと考え、とりあえず一本を大学いもへ。フライパンでちゃちゃっと作るならいいのだけど、オーブンを使ってスイートポテトとなると、これまた色々思い出しそうだなとも。去年は息子も手伝ってくれて気が紛れたので、今年も参戦してもらおうか。
そのスイートポテトのレシピは、高校時代の女友達の栄養士であるお母さんが教えてくれたものでした。我が家の事情を知り、いつも心を痛めてくれていた優しいお母さん。祖父が交通事故に遭い、自宅療養になった頃、できるだけ自宅にいようと決めた私を紛らわそうと、いくつものレシピを教えてくれました。「簡単な材料で作れたら、楽しい時間になるかもしれないよ。作って食べたら、Sちゃんだけじゃなくて周りの皆もハッピーになる。お菓子作りはお勧めよ。」そう言って、手書きのレシピを沢山用意してくれたお母さん。その気持ちがとっても嬉しく、私のお菓子作りの密かな旅が始まりました。作った焼き菓子を、ダイニングテーブルに置いておく。すると、一つなくなり、また一つなくなっていました。家庭崩壊が少しずつ進み、会話らしい会話なんてどんどんなくなっていったのに、こんな暗黙のコミュニケーションは取れていて、嬉しいやら切ないやら。その話をおばさんにしに行くと笑ってくれました。「みんな、素直ではいられなくなってしまったのね。でも内心では嬉しいのよ。せっかくだからうちで作りましょう。」そういっていつも輪の中に入れてもらっていました。家族っていいな、温かいお母さんっていいな。私もこんな家庭を持とう、半泣きしながら泡だて器を回したいくつもの時間。

その女友達が高校2年の時、ポロポロとトイレで泣き出すので慌ててしまいました。背中をさすりながら事情を聞くと、ゆっくり話し始めてくれて。「私ね、Sの友達なんだよ。頼りないかもしれないけど友達なんだよ。Sは、いつも結果しか話してくれない。途中で辛いこと沢山あるのに、ある程度落ち着いてから余裕ができた頃に笑いながら話してくれる。苦しんでいるまさにその時そばにいたいと思う。だって、私にはそうしてくれるんだもん。同じように返したいよ。」まさか自分のことで泣いてくれるとは思わず、涙を堪えるのが大変でした。なんて優しい友達。ヒックヒックしながら、それでも今伝えないといけないと思った彼女は絞り出すように言ってくれました。「私だけじゃないよ。Sに助けられた人ならみんなそう思う。寂しいよ、一人で頑張るなんて。」うんうん、ごめんね。半分ハグするように、背中をなで、強がらないと自分を支えられなかった私を、とても近くで感じてくれていたのだと思いました。憂いの表情を、見逃さなかったんだろうなと。

結果じゃなくて、経過を知りたい。その時どんな気持ちなのか、どうしたいのか、何に迷いがあって、どう苦しくて、頑張りたいのに下を向いてしまいそうで。そんな時、そばにいたいと思うんだ。自分が壁にぶつかった時、彼女の涙が蘇ってくる。一人じゃないって全力で届けようとしてくれた気持ち。
やっぱり、秘伝のレシピでスイートポテトを作るしかない。