夏休みの午後

午前中、エンジェルスが負けてしまい、息子とやや凹みながらチャンネルを変えると、甲子園がやっていてあっさり気持ちが急上昇。夜はプロ野球のナイターがあるし、一日野球の音を聞いている毎日。それでも、たまには集中したいと思い、パソコンを持って息子の部屋へ来ました。すると、リビングに忘れ物をしてしまいもう一度戻ると、何やら大歓声が聞こえて。画面を見ると、去年56号を打った村上選手のホームラン特集をYouTubeで見ていて、笑ってしまいました。息子のヤクルト愛は本物のようです。大人になる頃、ヤクルトのユニフォームは何着になっているのだろう。染み付いた汗の匂いは、本気で応援した証。

夏休みも後半、思うように時間も取れない中で息子を説得し、パソコンを持って子供部屋に来たものの、かなり重かったので再起動をかけてみました。すると更新中になってしまい、貴重な時間を前に困惑。随分時が経っても画面が変わらないので、水分を取ろうとキッチンへ。「パソコンが今使えない状態になってしまって、困っているよ。Rが宿題をやろうとして教材が手元にないみたいな感じ。」「くそじゃん!」共感してくれてどうもありがとうと笑えてきて、ちょっと救われました。仕方がないのでイヤホンで音楽を聴いていたら、気持ちが動き出して。思い通りにいかないことの方がはるかに多い、その中で割り切って良いことに目を向けられるかは自分次第だと息子に偉そうなことを言っていた言葉と、高校生の私が思い出されて。高校1年の担任はサッカー部顧問の体育教員で、随分さっぱりとした30代の男の先生でした。成績を見て、2年になったら選抜クラスに入れと言われて。それではプレッシャーになってしまう、通常のクラスで伸び伸び勉強させてほしい、その方が自分に厳しくできる気がするから。そう伝えると納得し、約束通り選抜クラスは回避、そして2年生の担任は、野球部顧問、また体育の先生でした。どうやら二人の出身大学は同じで、同級生だったよう。1学期の中間テストで上位に食い込んだものの、期末テストでは下がってしまい、職員室に呼び出されました。「○○どうしたんだ?」「先生、よく見てください。総合的な順位は落ちましたけど、生物が足を引っ張っただけなんです。他の教科は下がっていません~。」「おお!そうだな。○○・・・いやいい。お前に頑張れという言葉はいらないのかもしれない。見守るよ。職員室まで呼び出して悪かったな。」先生ありがとう、体育教員同士で何か共有してくれましたね。そうやって信頼してくれること、それが何よりの原動力です。その後、事件は起きて。教室の自分の机に置いたままで帰った家庭科の教科書が、カッターナイフで切られていました。家庭科の授業中に気づき、唖然。よく見ると表紙だけで、中身は無事でした。こういう時に、驚く程冷静でいる自分がいて。何本もの線がある中で、長さも力の入れ方もバラバラ。複数の人達がやったことなのだろうとすぐに気づきました。そして、受験に関係ない家庭科の教科書を選んだことに、少し笑ってしまって。本当にちっさい人達だなと。申し訳ないけど、こういうことでいちいち怯んでなんていられない程、それなりに険しい道を歩いてきたんだよ。カッターで切る時間があれば、英単語の一つでも覚えられたよねと思いつつ、でもがんじがらめの校風がこういうことを起こしてしまうのかなとも捉えていて。兎にも角にも、こういうことをする人達と一生関わる訳ではないので、ただの通過点にしようと思っていたら、父の言葉を思い出しました。銀行内で嫌な思いをすることもあるのではないかと質問を投げかけたことがあって。「そりゃ、人間関係色々あるよ。でも3年で転勤はまあ大体決まっていて、嫌な人に出会っても3年の我慢だと思うと割り切れるんだよ。」と。終わりがある、それが気持ちを軽くしてくれるのだと。父親としてはどうかと思う、でも銀行員としては尊敬している父の言葉に助けられたようでした。

3年生でも選抜クラスは回避、そして担任はまた1年と同じ先生に。大学受験前に、自分のことをよく分かってくれている先生でほっとしました。成績上位者は、何かしら嫌がらせを受けていた中、志望校合格が決まり先生も喜んでくれて。「よくやったな。」その言葉を聞き、先生も何かしら気づいていたのだと思いました。○○の敵は、よく分からない相手ではない、自分を超えられるかどうか、そこなのだと。
卒業式が終わり、制服姿のまま体育教官室を訪れました。何か、みんなの前では伝えられない想いをそこでなら伝えられる気がして。いつものように体育の先生達とタバコをふかしている先生がいて、入り口に立つと手招きして呼んでくれました。「先生、2年間も担任になってくれてありがとう。3年生もなってくれて嬉しかった。」いろんな想いがこみ上げ、大粒の涙を流すと、目に涙を溜めた先生が、こちらを見ようとせず、赤い目のまま伝えてくれました。「選抜クラスに入れなくて正解だったな。成績優秀者として表彰されて、鼻が高かった。」先生の涙、忘れません。
そして、体育教官室の出口で会ったのは、2年の時に担任だった野球部顧問。「○○、担任じゃなくなっても上位に名前があるのを見つけて嬉しかったぞ。3年間頑張ったな。」私も先生のユニフォーム姿覚えておきます。中2の音楽の担任に言われたの、Sは人の3倍努力しろ、そうしたらようやく結果が付いてくるからって。その約束を守れたのは先生達二人が体育の先生で見守ってくれたから。信頼が力に変わることを教えてくれた人達、だから野球もサッカーも好き。

パソコンの更新がかなりかかり、動作も重くそれでもなんとか書くことができたよ。為せば成る、ネネちゃんとの合言葉。さあ、仙台へ。大きな旅が始まる。