タイミングを大切にすること

二学期がようやく始まり、息子が半日で帰ってきました。その後、担任の先生に用事があったので電話をかけ、用件が終わると伝えてくれて。「あの、今日のこと、聞いていらっしゃいますか?」??「いえ、何も。」「実は始業式の日に上履きを忘れてしまったみたいで、『スリッパ借りてきたら?』と伝えたんですけど、いいと言われまして。」「ああ!何事もなく帰ってきました。」そう話すと一緒に笑ってくれました。「二学期初日から本当にすみません。ちょっと内気な所があって、親としてももどかしいのですけど。」でも、頑張って学校へ通っている姿は偉いなとも思っていて。敢えて口頭で伝えなかった気持ちも込みで、先生には伝わっているような気がして嬉しくなりました。こちらとしても、そんなR君をそっと見守りたいと思っています。行間から滲み出る先生の想い、息子に伝わるといいなと願い、電話を切りました。そして、離れたところにいた本人に、上履きのことを聞いてみると返事が。「持ち物の所に書いていなかったんだよ。」「あのね、一から十まで説明されなくても必要なものはなんとなく分かるでしょうよ。で、Rの他に忘れた子はいた?」「男子が6人ぐらい。」数字は多少盛っている可能性もあるのだけど、全員男子で笑ってしまって。親御さん達も子供達も、みんなファイトだ!

その夜、夏休み明けのテスト勉強を一緒にやっていたものの、息子は全く頭に入らず、借りていた教材も壊してしまいました。繊細な彼の育児に困惑する毎日、自分がシングルママだからなおさらなのだろうとそれなりに自覚もしていて。でもね、大変なのは私だけじゃない、それぞれの課題に向き合い、明るい方へ行くにはどうしたらいいのか、いろんな方が模索し、顔を上げようとされているのではないかと。とりあえず、冷静に息子に怒った後、なんとか壊れたものを直し、一旦別の部屋へ行くと、自分がゆっくりと落ち着いていくのが分かりました。すると、私自身の中学2年の頃を思い出して。担任は30歳ぐらいで音楽の女性の先生でした。「先生と交換日記をしたい人は好きなノートで出してね。強制じゃないし、ごくたまに出すだけでもいいし、もちろん毎日でもいいよ!」明るくそう言われ、ソフトボール部のエースの友達と相談。せっかくだから書いてみようという結論に至り、好きなノートを買って提出することに。確か、表紙は『うちのタマ知りませんか?』だったような。そこにも理由がありました。真面目なノートにすると、他の教材に紛れて他の先生が目にするのは避けたくて。そして何より、愛着が持てるように。そんな感じで交換日記は始まり、自分の素直な気持ちを書きました。親のこととか学校のこととか、そういうのじゃないのになぜかイライラしてしまう自分がいると。すると、赤ペンで返事を書いてくれていました。『先生もそうだったから分かるよ。私は、剣道部だったからイライラする時は外で素振りをしていた。Sにはテニスがある。今度ラケットを持って素振りをしてみなよ。すっきりするかもよ。』なんだろうな、そこには先生の“らしさ”全開で、気が付くと笑顔になっていました。なんだ、負の感情を抱えるのって悪いことじゃないんだ。それをどう発散させるか、そのやり方はきっと人それぞれで、私にはラケットがあるんだなと。それ以来、本当に事あるごとに素振りをし、時にランニングになり、そして野球に変わっていきました。テスト期間中はさすがに日記をお休みし、クラスでも書いていたのは5人程。それでも1年間書き続け、気づいたことがありました。ここでは素の自分でいられるんだ、何を書いても先生は否定せず返事をくれた、14歳の私にとって本当に大きなことだったのだと。交換日記、最後のページを開いた時、溢れそうになりうまく書けませんでした。だから、内容を全く思い出せなくて。きっと伝えたかったのは、ありがとうと、本当は寂しいということと、でもこの気持ちを持って前へ進むから、先生も元気な赤ちゃんを産んでねということ。S、ちょっと天然なんだけどあなたのそういう所好きよ。肯定してもらった言葉って、どうして忘れないのだろう。そこにとんでもない優しさが詰まっていたのならなおさら。

一呼吸置き、息子と落ち着いて話した翌日、それでもどこかで凹んでいたので、住職さんの元へ行こうと思い、玄関前に来ました。今日はお会いできそうな気がして。そんな予感の中で自転車を漕ぎ、お寺へ向かい、鐘を鳴らすとやっぱり出てきてくださり、こみ上げそうでした。「ああ!元気~?久しぶりだね~。」懐かしい声が、かさかさになりそうだった心を包んでいく。「子供の夏休みで忙しくて。」「そうだったんだね。」「今度住職さんにお会いできたら、聞いてみたいことがあったんです。」「何?」「頂いた本と関連書籍を図書館で借りて読んでみたんですけど、まだ続きがあるような気がしたんです。」そう話すと、やや驚き笑ってくれました。ビンゴ!だと嬉しくなって。「いやあ、本を出版するのもなかなか大変でね。かいつまんで書いたりしていたんだよ。忙しいから、時間はかかるかもしれないけど、続きが用意できるか考えてみるよ。」「ありがとうございます!私のお願いは、優先事項の一番最後にしてくださいね。本当にゆっくりお願いします。」そう話すと伝えてくれました。「頭を使って、体を使って、自分のことは自分でやって、自分の人生なんだから自分で生きたいじゃない。数年前に心筋梗塞を患って、でも元気になってまた数値が通常に戻ってね。自分で買い物に行って、誰の迷惑もかけない、いつまでも自由でいたいから足はいつも鍛えているんだよ。あなたも、今まさに学びの最中だよ。もっと年を重ねた時、ようやく気付けることもある。その道の途中なんだよ。答えをすぐにスマホで求めちゃいけない、考えるんだ、自分で。その為にも沢山本を読むといいよ。」そう言って渡された一冊の文庫本は、何十年も住職さんと共に歩いてきたと分かる程色褪せ、沢山のシミができていました。「読み終わったらね、ポストに入れておいてね。他も読みたければ電話して。」私専用の返却ポストか?!とまさかの展開に笑ってしまいました。住職さんはこちらが左手の薬指に指輪をはめているので、既婚者だと思っているよう。シングルママであることも、司書だったことも、言うタイミングをすっかり逃し、ただ一人の人間として向き合ってくれているのだと思いました。住職さんのアンテナに私が引っ掛かったのか、私のアンテナに住職さんが引っ掛かったのか、もしかしたら両方か。この出会いはどこかに繋がっている、そんな気がしています。生という一本の道、点の話を聞いてもらおうと思ったら線の話をされた、今の悩みの答えは何十年後かに出るのか?その為には長生きするんだよ。どこまでも奥が深く、あたたかい。年を重ねてようやく見える景色がある、やっぱり人は苦しくても歩き続ける旅人なのかもしれない。