トンネルの先

退院してから、心と体がずっと重く、息子を寝かしつける前の夜会もブルーのまま。思うように遊んであげられなくてごめんねと思いながら、沢山のぬいぐるみ達と表面上はワイワイやっていました。一匹が病気になると、でっかいうさぎちゃんが治してくれるという設定。そんな時、息子がぽつりと伝えてくれました。「ママの体も、うさぎちゃんが治してくれたらいいのにね。」ありがとうね。うさぎちゃんがすりすりしてくれたら、元気百倍だ。そして、あなたの優しさもね。弱さを見せることは決して悪いことじゃないのだと教えてくれた、温かい時間でした。

そして、こんな調子がずっと続いているので、思うように書けないもどかしさをいつも感じてくれていたのは、プログラマーのMさん。2000字書き上げた記事を、納得がいかないからと言ってボツにしたものに対して、同じぐらいの分量の感想を送ってくれました。“どんなあなたもあなただから”そんなメッセージが感じられ、彼だからこそこのサイトが成り立っているのだと思わずにはいられなくて。これからも裏側からサポートしてください。そこにいてくれてありがとう。

最近日課になった、夜になるとプロ野球中継をBGMにしながら息子と遊ぶということ。その中で、バッターボックスに立つ前の選手が、登場曲に合わせて素振りをし、ピッチャーの前で構える姿に心が震えました。もし自分だったら、今の私だったら、どんな曲を選ぶだろうと。GReeeeNの『道』(作詞作曲:GReeeeN)なのかな。手術をし、人生観のようなものに変化が起き、前よりもこの曲が深く響くようになりました。最後のサビを聴くと毎回泣けてきて、そしてふっと顔を上げていられているような気もします。どうしようもなく苦しい時はバッターボックスに立つイメージでもするか。強くあろうとするのでもなく、弱さを隠すのでもなく、ただ自然体でいよう。そんなことをぼんやり思っていると、少し前に母から言われた言葉を思い出しました。「Sは生まれつき体が弱かった。お姉ちゃんはとにかく丈夫だったの。あの子は体の面で、本当に恵まれていたから。あなたは、よく吐いていたの。生まれ持ったものだから辛い時もあるけど、そういう体の弱さが、人を思う気持ちにも繋がっていくと思うから。」思いがけない話に驚くと共に、余裕がない中でも母なりに子供の様子を見てくれていたのだと分かりました。

そんな逞しい姉が、岐阜で単身赴任をしていた父のお世話をする為、一人で行くことに。中学生のお姉ちゃん、やっぱり戦力になるなと思いながら見送りました。すると、行ったその日の夜は雷雨。あまりの酷さからか、その日に父は帰らず、姉一人だけがお留守番をすることになってしまった訳で。雷嫌いの姉は、本気で心細くなり、パジャマ姿のまま枕を持ち、隣で単身赴任をされていた父の後輩宅へまさかのピンポン。幸いにも在宅してくれていたから、泊めてもらうことになったと後から姉が話してくれて大爆笑。「お姉ちゃん、めちゃくちゃ寂しがり屋じゃん!」とここぞとばかりに笑い転げたので、「うるさいわ!!」と一喝されてしまいました。父にも改めて聞いてみると、「まさかお隣の娘さんがパジャマで来ると思わなかったからびっくりしましたって言われて、笑っちゃったよ。」と、いじられまくり。社宅生活、思い出すとまだまだ出てきそうだな。その後、姉は県外入試で愛知の高校へ進学を決めると、中三の時の担任の先生がわざわざ名古屋の自宅までお祝いに駆けつけてくれました。ランドセルを背負い、地元に帰ってきたとはいえ、まだまだ慣れない小学校生活で気疲れをしていただけに、自宅前で30代の男の先生と制服を着た姉の姿に胸が熱くなりました。「こんにちは。」ぺこり。「ああ、妹さんだね。こんにちは。なんとなく似ているね。」ははっ。軽く三人で談笑した時の姉の表情がとっても嬉しそうで。そりゃそうだよね、転校させずに県外入試を応援してくれた一番の理解者であり、その先生が伝えてくれた言葉で姉の意志は固まったのだから。「遠距離通学も、僕が何かあったら責任を取ります。通い慣れた中学で、卒業させてあげたい。そこから受験して最後まで見送りたいです。」こんな言葉をかけてもらえたらね、頑張りたいよ、自分の為だけでなく先生の為にも。その恩師が、その言葉通りに、合格した姉に会いに来てくれたこと、それは姉の大きなステップになるのだと思いました。
「お姉ちゃん、県外入試どうだった?」「この道を選ばせてくれた先生に感謝してるよ。会いに来てくれて嬉しかった。どんな環境で頑張っていたのか見てみたかったと言って来てくれたの。」堪らないな。トンネルの中にも先にもいてくれた人。そんな人が一人いるだけで世界は変わるのかも。