夢って叶うんだ

息子がまた風邪をひいてしまい、軽い咳だけ症状が出たので、大事を取って学校はお休みすることにしました。すると、夕方になって担任の先生が電話をかけてきてくれて。どうやらクラスでも流行っていて、来週は卒業アルバムの写真撮影があるから、ゆっくり治して元気に登校してくださいという心配の連絡でした。忙しい時間に先生ありがとう、明日、大事な一日なので社会見学に行ってきますと心の中で届け、お礼と共に電話を切りました。さあ夢の場所へ、きっといい日になる。

翌朝、息子を起こし、咳がまだ少し残っていたものの熱はなく食欲もあったので、グッズを詰め込み、ヤクルトユニを着て家を出ました。そう、その日はプログラマーのMさんがチケットを取ってくれたプレミア12、侍JAPANのスーパーラウンド3戦目の台湾戦で、念願だった東京ドームへ。朝から胸がいっぱいでした。息子と特急電車に乗り、紅葉を楽しみながらおにぎりを食べて、新宿駅で侍JAPANの帽子を被ったMさんと合流。そして、JRに乗り、水道橋駅で降りるとすでに人が多く熱気を感じました。コンビニに寄り、ゆっくり歩くと目の前には東京ドームが。子供の時からずっと一度は行ってみたかった場所が目の前に広がり、感無量でした。そして、私が推しの源田選手(西武)のキーホルダーと、息子に侍スティックをMさんが買ってくれて大盛り上がり。わくわくが止まらないまま入場すると、すでに1試合目のアメリカ対ベネズエラ戦がやっていて、感動しました。今回の席は、センターに近いレフトスタンド上段。ずっと来たかった東京ドームの景色を吸い込み、泣きそうになりました。試合は、両チームにホームランが飛び出し、最後はアメリカの勝利。息子も感激し、伝えてくれて。「前回東京ドームにおばあちゃんと来た時、3塁側にいたんだよ。」「ヤクルト対巨人戦だったね。その時はコロナ禍で入場制限があったけど、今日はすごい熱気になるよ。」とその時のことが思い出されて。東京ドームデビューは息子の方が早かったな。そんなことをわいわい話しながらいったん外へ出ると、なぜかピクミンの被り物をした方が沢山いて、気になったのでインフォメーションのスタッフさんに聞いてみると、イベントを教えてもらい、ダウンロードをすると誰でももらえるということ。それは行ってみようと現地に到着すると、本当にピクミンの被り物がもらえて、息子は赤ピクミンに変身。その後、濡れる可能性大の『ワンダードロップ』のアトラクションに乗りたいと言い出し、ポンチョも売っていたのでまあいいかと思い、並んでから三人で乗りました。すると、一番前に乗った息子はフードが風で取れてびしゃびしゃに。風邪気味の息子が一番チョイスをしてはいけない乗り物だったなと反省したものの、これはこれで思い出だとみんなで笑い飛ばすことに。そして、再度ドームに戻りました。すると、ヤクルトのユニを着たファンの方達を沢山見つけ、息子は嬉しそう。今回、ヤクルトの選手が選ばれなかったことを彼は残念がっていました。それでも、ヤクルトファンの方達は沢山来ているよ、一緒に侍JAPANを応援しようよと伝えると、張り切って村上選手のユニを着て球場に向かってくれました。そして、私の隣に座ってくれたのは、ヤクルトのキャプテン山田哲人選手の若い男性ファンで、一人で来たのが分かり息子とこっそり感激。大人しい方なのかなと勝手に想像していると、応援団の方達が曲を流し始めた途端に立ち、全選手の応援歌を一切間違えずに大声で歌いだすので、二人で嬉しい驚きがありいい時間でした。そして、セレモニーも終わり、プレイボール。攻撃になると必ず席を立ち、本気の応援が待っていました。その日は、ロッテの佐藤都志也選手が先発で一塁手として出場していて、ジャンプをしながら応援歌を歌うと、隣で息子が嬉しそうにしてくれました。その時、一年前に行った仙台のモバイルパークでのことが蘇ってきて。その試合は、楽天対ロッテ、マリーンズの応援すごいなと圧倒された自分達が、侍JAPANに選ばれたロッテの選手をこうしてみんなとジャンプしながら声援を送ることができ、胸に迫るものがありました。その後も、乱打戦で侍JAPANのチャンステーマが流れ、WBCで何度も聴いた曲を歌い、この中に息子を連れてくることができ、堪らないひとときで。卵巣に異常が見つかった時、自分の終わりはもしかしたら近いのではないか、やり残したこと沢山あるんだよと手術前に沢山のことを思いました。その中には、東京ドームで侍JAPANを応援することというのがあって。手術は無事に成功、術後の治療も終え、体調も安定した時、Mさんに相談するとチケットを取ってくれました。牧選手(DeNA)が代打でバッターボックスに立つと、声援が一段と大きくなり鳥肌が立ちました。自分は今、この中にいるんだなと。子供の時からずっと観てきた国際大会、チームの垣根を越えて、12球団のファンの方達がひとつになり侍JAPANを応援する、喜びも悔しさも一緒に味わい、どんな時もエールを送る、その感動を息子にも肌で感じてもらいたくて連れて来ました。表情を見なくても触れ合う肩の温度で、彼の感激が伝わり、心が震えたのが分かって。息子の推しは、足のスペシャリスト五十幡選手(日本ハム)。ヤクルトのジュニアチームに在籍していたとMさんが教えてくれてから、ずっと今大会で応援し、この試合では先発メンバーで彼のスピードに二人で嬉しくなりました。書ききれない程の感動を持って、9対6日本勝利でゲームセット。すると、前列斜めにいた若い男性が振り向き、Mさんにハイタッチ、そして隣にいた息子にもハイタッチしてくれたので、一番遠くにいた私も手を出すと、嬉しそうにタッチで返してくれました。全然知らない初対面の方、ただひとつ分かったのは森下選手(阪神)のファンだということで、普段は敵のチームなのだけど、こんなあたたかい交流があるのだと私も息子も体感し、これが何よりの学びであり喜びじゃないのかと思いました。一緒に戦った仲間の証。そして、ふと前を見ると、大歓声の中一人だけ座っていた台湾人の若い男性が、隣にいた若い日本人の男性と軽いタッチを交わし、談笑しているのが見えました。試合の序盤は、一人でぽつんといたはずなのに、野球は国境も越えるんだな、それは二人の温度が優しく近かったからこそ。いい表情の二人を心の中でカシャリ。そのひとときが、彼らのこれからを照らしますように。

その試合で活躍してくれた清宮選手(日本ハム)のヒーローインタビューを見て、井端監督のインタビューを聞き、最後までみんなと応援歌を歌い、駅が大混雑で終電が心配だったので、Mさんにタクシーで新宿駅まで送ってもらいました。その後、構内に着くと、まだすごい人で息子が軽くダウン。一本見送り、座って乗って行ける電車でようやく寝てくれました。起きると顔色も良くなり、ほっ。そして、もしかしたら同じ電車にまだファンの方が一人ぐらい乗っているのではないかと思いながら最寄り駅に着くと、別のハコから出てきたのはDeNAのユニを着た若い男性ファンで、なんだかじーんとしました。みんな戦友だ。翌日の決勝戦も、テレビの前へ。惜しくも敗れてしまった侍JAPANの選手達や関係者の方達にお疲れさまでしたと、感動をありがとうと、また次の戦いに向けて変わらない気持ちで応援していますと伝えたいです。息子は、東京ドームで侍JAPANを応援できたことを楽しかったと。私も夢が叶いました。『2896』のユニを着て、チャンステーマを歌えたこと、テレビの前で悔しさも味わったこと、そのすべてを持ってまた前へ。自分の命が尽きるその時まで、野球と共にあれ。