最後に魅せてくれたもの

平日の夕方、息子とご飯を食べた後、松坂投手(西武)の引退試合だということを思い出し、慌ててテレビを点けるとニュースの中で流れてきたのは、引退会見でした。色んな感情が入り混じった表情を見て、沢山の気持ちが交錯しました。“顔”ではなく“表情”というのは、その人の内面を表してくれるんだなと。松坂投手が経験してきた栄光と挫折、家族や周りの方達への感謝、そして、貫き通した野球に対する思い、滲み出てくるものから感極まりそうになりました。最後の登板が、いい時間となりますように。

「ママ、今の選手誰だったの?」「西武ライオンズの松坂投手。前は中日にもいてくれたんだよ。すごいピッチャーでね。高校生の時からものすごい活躍だったの。ずっと応援していたんだ。」「そうなんだ。41歳ということはママと同じ年だね。」「一つ下なんだよ。この年まで現役で活躍するって、本当に大変なことなんだと思う。試合が観たいんだけど、チャンネル回してもやっていなんだよ~。」「だったら、これから野球場に行っちゃったら?」というまさかの提案。今の体力では辿り着ける自信が無いものの、気持ちの上ではもう球場にいることを息子が感じてくれたのか、一緒に笑ってしまいました。「行けたらいいね~。」そんなことを言いながら。
そして諦めの悪さから、寝かしつけるタイミングで、もしかしたら動画がネットで出ているかもしれないと思い、息子に相談。「お母さんね、どうしても松坂投手の試合が観たいんだよ。今からスマホで観てもいい?短時間で終わるから。」「いいよ~。だったらボク、ぬいぐるみで遊んでいるから。」こういう時の聞き分けがとってもいいことが本当に有難くて。何かが伝わってくれているんだろうな。そして、登板の動画が見つかり、ベッドの上で見始めると、お客さん達が立ち拍手を送るそんな球場全体の雰囲気で胸がいっぱいになりました。対戦相手が日本ハムの近藤選手、横浜高校の後輩ということも堪らなくて。一球目、ボール球を投げた松坂投手を見て、投げることさえ本当にもう痛みとの戦いだったんだなと思いました。そして二球目、ストライクが入った時、泣きそうに。ストライクが入ること、それはプロ野球選手にとっては当たり前のことなのだろうけど、今の松坂投手が投じてくれたその一球に、ものすごく大きな意味を感じ、最後にファンへプレゼントをしてくれたのかもしれないなと、ありのままをさらけ出して背番号『18』を見せて投げ切ってくれたその姿を目に焼き付けようと思いました。結果はフォアボール。西口コーチが駆け寄ると、マウンド上で笑顔を見せ、ピッチャー交代。日本ハムのベンチの前まで行き、松坂投手がお辞儀をした時、今日という日を迎えられたこと、その全ての方への感謝を感じ、胸が詰まりました。お疲れさまでした、ありがとう、諦めないその姿に何度も励まされました。

高校卒業、大阪の大学を受けないかという姉の誘いを断り、選んだ地元愛知の大学。私にとって一番初めの大きな分岐点でした。母と祖父のそばにいる、これで良かったんだ、何度も何度も自分に言い聞かせました。そんな時に観ていた春のセンバツ。ニコリともしない横浜高校のクールなピッチャーにくぎ付けになりました。冷静さを兼ね備えた不思議なオーラを持ち、どんどん勝ち上がり、優勝が決まった時に初めて見せてくれた笑顔で、何かが自分の中で吹っ切れていくようでした。仲間を信じて迷いなく進み、その過程で泥と汗にまみれた自分を知っているから、最後にこんな笑顔を見せてくれるんだなと。その後大学生になり、夏の甲子園でまた見かけ、あっという間に準々決勝のPL学園戦がやってきました。「お母さん、すごいピッチャーがいるんだよ。そのすごさはうまく伝えられないんだけど、とりあえず見て。」と騒ぎながら母を促すと、すっかりその迫力にはまってくれたよう。「え?延長戦って何回までやるの?」とルールがよく分かっていない母までもが甲子園の雰囲気の中に吸い込まれていきました。「決着が着くまでだよ。」「え~、このピッチャー1人で投げるの?」と16回まで投げ抜いている松坂投手の心配が始まり、拝み始めてしまう始末。そして、17回表横浜高校が勝ち越し、勝利が決まると二人で大喜び。ずっとずっと大切にしていた思い出が、松坂投手の引退試合で一気に蘇り、感無量でした。

「ママ、試合見れた?勝ったの?」「もうね、今日の試合は勝ち負けじゃないの。高校の時から41歳まで、色んなチームで沢山の活躍をしてくれた一人の選手が、最後の試合で一人のバッター相手に投げるってことが、とっても大きなことなんだよ。お母さんね、松坂投手がどの球団に行っても活躍してくれることが嬉しかった。だから、彼の引退には特別な思いがあるよ。試合を見せてくれてありがとう。」「いいよ。41-16=25だから、25年間ずっと野球選手だったんだね。すごいね。」そう言って一緒に感慨にふけってくれました。その後、ぐっすり眠った息子の寝顔を見て、改めてネット検索をしてみると見つかった松坂投手の言葉。『正直、ブルペンから投げていてもストライクが入るかどうか心配だった。あの1球のストライクというのは、せめてもの…最後の最後で野球の神様が取らせてくれたのかなと今、思っています。』野球の神様、いるんだろうな。諦めない姿勢を貫いた松坂投手の、プロ野球選手として最後のストライクを忘れないでいる。