息子が小学校で使っている連絡帳。縦書きを買ってしまったのですが、宿題などが書ける欄のある横書きの方がいいとプリントには書いてあり、慌てて連絡帳の旅へ。シェアオフィスにパソコンを置いて、ショッピングモールをはしごしてきました。思うように見つからず、結局A6サイズの小さい横書きを購入。そのまま競歩並みのスピードで戻ったので、なんだか疲れてしまい、その日は緩く活動しました。この場所で出会ったITエンジニアの方には、冒頭の記事だけ読んでもらったので、私が子持ちだということはご存じなのですが、他の方には内緒。だから、連絡帳を探しに走っていたなんてバレないように、こそっとバッグに入れ、ぜいぜい言いながら戻ってきた訳です。合間をぬった母親の役割、たまにはいいものですね。
そんな息子が学校から帰宅。連絡帳の小さいサイズをあっさり容認してくれて、いつもの宿題タイムへ。ノートに書く字が綺麗だと先生が褒めてくれて嬉しかったと話してくれたので、そのお礼を伝言板に書くと、翌日のノートには、花丸と『じょうずにかけたね』というまさかの絵文字付きのコメントが。こちらが投げた球を優しく返してくれる先生。受け止めてくれるだけで十分だといつも思っているのですが、戻ってくる球に毎回じんわりさせられます。勉強についていくので精一杯の子供を教えるお母さん。毎晩喧嘩しながらも机に向かう二人をきっと想像して、私までも励まそうとしてくれているのだろうと感じています。「“五つ”はなんて読むの?」「ごつ」「・・・。いつつ!」相変わらずそんな初歩的な間違いをするのに、『青』という漢字を使っての文章作成は、こちらが助けなくてもあっさり書いてくれました。『青い空はあかるい空』。もう“ごつ”も許そう。
感性を研ぎ澄ませる、簡単じゃないけど、このサイトを立ち上げてから特に意識するようになった気がしています。忙しい合間に見る秋の空が高く、そこで深呼吸をすると、自分の中にあるもやっとしたものまで出してくれる気がして。パソコンの画面から、ふと顔を上げた時に見える雲がとても好き。
姉が数年前に言ってくれた言葉を、たまに思い出す日々。「お母さんはSといたらウルトラハッピーなんだよ。でも、一旦離れると悲しみが押し寄せる。どれだけお母さんのコップを満たそうと頑張っても、流れ出てしまって何も残らず、ただSは疲弊するだけ。そんなことの繰り返しなんだよ。酷かもしれないけど、まずはそのことを自覚しなさい。」その言葉の意味を理解するまで、結構かかったような気がします。多分、自分の中で認めたくない部分もあったのだろうなと。そんなことないよ、お母さんは覚えてくれている時もあるよ、楽しかった記憶。その一滴の為に、頑張ってしまったのだと私なりに自覚をしました。それが結構辛かった。それでも、これまでを肯定できるようになったのは、何だったのだろうと今でも時々考えることです。
息子に10教えたことを、10回間違えて、怒りと困惑。母親の私が教えても、甘えが出てしまい頭に入らないのかと苦戦の毎日。そんな中で伝えてくれました。「カタカナ、ママが何度も教えてくれたから、書けるようになったよ。だから宿題が終わってから練習したい。」息子のコップまでダダ洩れだったらどうしようと思っていたのですが、しっかり残ってくれていたのだと安堵した日。随分時間もかかり、遠回りをしているような気もする。それでも、息子の小さな心のコップにはちゃんと残っていて、そのことに気づけたことが堪らなく嬉しかったです。
『まま、いつもしゅくだいをおしえてくれてありがとう。』手紙にあった言葉が、何よりの証明。