元気をもらった

諸事情により、というよりか、だめオヤジの影響で元気のなかったここ最近。それでも自分を奮い立たせ、シェアオフィスでイヤホンをし、好きな音楽を聴きながら本気モードでカタカタやっていると、隣に座った男性がさりげなく「どうぞ。」といって、何やらデスクの上に置いてくれました。慌ててイヤホンを片側だけ外し、頂いたものを見てみると、それは不二家のミルキー。思わず笑いながらお礼を言うとすっかり和み、こんな元気のもらい方もあるんだなと嬉しくなった朝。お返しにチョコを一つ渡すと、とっても喜んでくれました。これで顔馴染みに、そして仲間の印。

その日の夜は、息子とホワイトボードでワイワイ。「何か絵を描いてよ。お母さんが当てるから。」「うん、わかった。わざと下手くそに描くから、ちゃんと当ててね。」はいはい、そう言ってぼーっとしていました。あのおっさん、娘がこんな悲しい気持ちになっていること、分かっているのだろうか、そんなことを思いながら。そして、見せてくれたのは何やら不思議な生物。でもそこにはカタカナで、「モー」と書かれていて、なんだヒントがしっかりあるじゃないか、まだまだかわいいなと微笑ましくなりながら、「牛でしょ!」と答えると、違うよと言われてしまいました。「なんで?モーって言っているから牛だって。」「“まったくもう”のモーだよ。」なんだそれ、どういうこっちゃ、そもそもなんで動物が日本語しゃべるのよ、何に不満なんじゃ!と本気で笑ってしまい、つられて息子も笑い、嫌なことを吹き飛ばしてくれた楽しい時間でした。結局答えは目の前にいたくみちゃんをモデルにした“くま”だったよう。そんな引っかけ問題あり?!

こんな私の心理状態を知ってくれているプログラマーのMさんに、どうしてこんなに悩んでしまうのだろうと弱音を吐くと、メッセージの上で伝えてくれました。『自分のことにも人のことにも心を持って接してくれる人だから悩むんだよ。』と。こういった場面で一体何度こんな言葉をかけられ助けられただろう。だから、このサイトが途切れることなくいつも開いていられているんだよね。一つ一つ進んでいくところを見ていますよ、届けてくれる想いは私が這い上がるのを知ってくれているからこそ。

中学校3年間やっていた陸上の走り幅跳び。テニス部の練習を終え、各部活から集まった陸上部のメンバーと合流。トラックを皆で走り、その後は砂場をならし、時に裸足になっての練習でした。「砂の感触を確かめたいから、裸足になってもいい?」と社会科教員で幅跳びを主に担当してくれている顧問に、いつもため口。「いいぞ、最後に踏み切る時の感覚を掴め。」自分で納得するまでとことんやりたい私の性格を知り尽くしてくれていた先生は、余程のことがない限りこちらの意向を大切にしてくれていました。1年の時は、先輩達の練習をサポート、2年には練習にも加わり、3年にレギュラーへ。3年間の集大成をようやく出せる日が来たと思っていた大会前夜に事件は起きました。亡くなった祖母が姉や私の為に使ってほしいと残してくれたお金を、父がパチンコで使ってしまったことが発覚。精神的におかしくなった母は、姉と私に言いました。「あなた達が封筒を見つけたことにしなさい。そして、なんで使ったの?と泣きなさい。私は知らないことにするから。」父に対して怒っているとはいえ、この人は自分の手を汚さない人なのだと思いました。姉も私も、自分達が置かれている状況をいつも嫌という程分かっていたので、とても冷静に、なんだか感情を押し殺したロボットのように、父の前で演技をしました。ばかばかしくて、悔しくて。姉ともまともに話さずそのまま自分の部屋に行き、泣きながら一睡もせず、当日の朝を迎えました。

活気立つ大会の雰囲気の中で、一人だけ沈み、いよいよ本番。寝ていない影響もあって、踏み込むタイミングが思うようにいかず線から出てしまい、赤旗。あれだけ練習したのに。そして二回目も、同じ。もう後がない。三回目の跳躍、一つ深呼吸をして走り出し、線から手前に跳んだものの練習の時のようにはいかず、いい記録は出ませんでした。ずっとライバルだった友達は、決勝へ進出。本当は近くで励ますはずの私が、どうしようもない悔しさで涙が止まらなくなり、その場を後にしようとすると、顧問の先生に止められてしまいました。「S、最後までいろ。」泣きながら首を横に振り、その場を離れる私をそっと見送ってくれた恩師。前夜、そんなことがあったなんて言える訳がない。3年間見守ってくれた先生が悲しむだけ。色んな気持ちが渦巻き、大会は終わりました。

ずっとそのことを心のどこかで引きずり、高校で出会ったのは、マブダチK君。「私ね、陸上の大会で○○中学に行ったんだよ。」「それ、俺の出身中学だよ。俺もその大会出てるよ。」その話を聞いて、少しだけ自分を許せた気がしました。消化不良で悔しくて、秋の長距離大会にも出ようとし、肉離れで、補欠にも選ばれず。勉強時間が削られた影響で、高校のランクを一つ下げた所に彼がいました。「なんだ、お前も大会に出ていたんだ。俺さ、練習サボってばっかりでさ。でも、高校入学前にSとすれ違っていたかもなんて思うと、ちょっと嬉しいよ。」人間万事塞翁が馬、人の幸不幸はどうなるか分からない。幅跳びでいい成績を残していたら受験に専念でき、志望校に入っていたら、K君に出会うこともなかった。そう思うと、喜びの方が勝っているようにも思えて。

「俺さ、お前の両親が普通の人達だったら、今のお前はいないと思うんだよ。なんて思いにさせるんだよって聞いていて腹が立つよ。でも、沢山考えなきゃいけないことにいつも直面して、だからその思いを皆に届けようってしてくれるんだろ。Sが普通の子だったら、お前なんて通行人Aだよ。でも、自分から苦労をしに行くやつだから、本気でコイツを守りたいって思った。人に変えられるなんて死んでも嫌だと思っていた俺が変わったんだよ。少しは自信持て。」「一歩間違えたら私はエキストラだったの?!」「そうだよ、文句あるか!!」一生の友達、アイツのことを思うと、なぜか苦労が糧になる。会った瞬間、バーカと言ってくれるのは世の中でK君だけ。「お前が何をやらかしても、俺が笑ってやる。」堪らないね。