人の引力

4年生になり、二度目の面談がやってきました。当日は、コロナワクチン4回目の副反応が残り、気圧の影響も直撃、やっぱりオンラインを選べば良かったかなと重たい体を引きずりながら準備へ。半日授業の息子も帰宅し、相変わらずお菓子を食べながらのリラックスタイムが待っていたので、用件だけ伝えて家を出ました。一人でいる時間にバランスを取ることを覚えた息子、またいい表情で会えたらいいね。

さてさて、私はのんびりと自転車に乗り、秋の空を吸い込みながら学校へ向かいました。いつものように早めに着き、廊下で待っていると、息子の絵を発見。自由に山の絵を描くテーマだったことが分かり、よく見ると山が何段にも重なった上には旗があり、途中には“ツチノコ”もいっぱい描かれていてくすっと笑ってしまいました。息子の絵、ちょっと自由過ぎないか?!そんないい感じでウォーミングアップをさせてもらった後、担任の先生に呼ばれ教室の中へ。目の前に座り、最近の子供の様子を伝えてくれました。「R君、なんでもみんなと仲良く取り組んでくれて本当に助かっています。運動会のきつねダンス、一部の色気づいた男子からブーイングが待っていて、あまり積極的に踊ってくれる感じではなかったんですけど、R君達が自分からダンスをしてくれて、それがみんなに伝播していってくれたのでとっても有難かったです。」「そうだったんですね!実はRも自宅では恥ずかしがっていたので意外です。でも、当日もとっても楽しそうに踊っていました。」「R君も内に秘めたものはあったと思うのですが、表には出さなかったです。きつねダンスに決めたのは私で、まさか子供達から反感を買うとは思っていなくて。」ビンゴ!!広島カープのプロ野球ファンの先生が決めたと思っていたんだよ~と心の中で笑いを堪えてみる。「ほのぼのとした子供達を見ていたら、あのポーズは絶対に似合うと思ったんです。」と席に座ったまま、きつねダンスの決めポーズをしてくれて爆笑してしまいました。「みんなめちゃくちゃかわいかったですよ!私もプロ野球ファンだから本当に嬉しかったです。」「そうだ!ヤクルトファン!!」と先生が威勢よく言ってくれるものだから、面談でする会話じゃないなと余計に笑ってしまいました。息子が宿題の一行日記で『ヤクルトのクライマックスシリーズが楽しみです。』とファンであることを公言していたので、どうやら親子でファンだと思われていたよう。実は私、中日ファンなんですなんて言った時には、話が膨らんで日が暮れるまで盛り上がってしまいそうだったので、大人しく黙っておきました。そして、先生が続けてくれて。「R君、算数の問題が分からなくて困っていることがたまにあるんです。でも、私が見に行く前に、周りの友達みんなが教えてくれていて、彼の人間性だなって思いました。みんなに優しいから、みんなが返したくなるんですよね。R君、これから先もそんな風に生きていくんだと思います。だから私は何も心配していません。」その言葉を聞き、堪らない想いに包まれました。届けてくれた気持ち、子育てに悩みそうな時そっと取り出そうと思います。息子の今を見て、未来を感じてくれた先生、本当にありがとう。お礼を伝えると、最後に聞いてくれました。他に何かありますか?と。そこにはこちらの様子を伺う先生の優しさがありました。それでも、次のお母さんに漏れ聞こえてしまう不安や、何も前に進めていない現状、そして何より、今回は先生と笑ってお別れしたくて、調停のことは伏せ、息子の頭痛のことだけ聞いてもらい終了しました。別れ際、「今日の夕飯かつ丼ですか?R君が一行日記によくメニューを書いてくれていて。」と話してくれたので笑ってしまって。「今日はグラタンです!」元気に答えると、一緒に笑ってくれました。本当に変化があったら伝えてくれるだろう、前に会った時よりお元気そうですね、それって気持ちの面で前に進めた証拠じゃないですか、先生の笑顔がそう伝えてくれていました。出会えて良かった。

そんな気持ちをもらい、ゆっくり階段を降りると昇降口で偶然お会いしたのは2年生の時に担任だったT先生。不思議な引力だなと思いました。挨拶だけにしようと思ったら、先生が話しかけてくれたので軽く談笑。「先生、今年は図工で息子がお世話になっています。」「山の絵、ツチノコを描いていましたね!」「なんでツチノコ?って思ったのですが、もしかしたらドラえもんに出てきたからかもしれません。」そんな話をすると一緒に笑ってくれました。そして、どさくさに紛れて自分の子供時代の話を聞いてもらって。「私、自由に描いていいとか子供の時から本当に困って、小学校の時、写生大会があって、描いた人から帰ってもいいとかで全然帰れなかったんです。」と究極にどうでもいい話をするとずっと笑ってくれました。岐阜の小学校でいじけまくっていた写生大会の自分もなんだか救われたようで。何十年後に子供の図工の先生に思い出の一枚を聞いてもらえる日が来るなんてね。

そして、先生が少しトーンを変えて伝えてくれました。「2年の担任だった時、HSP(人一倍繊細な人)やHSC(人一倍繊細な子供)の話を一緒にさせて頂いた中で、その頃のことが今の経験にとっても活かされています。」思いがけず、そんなことを言ってもらえるとは思わず、感極まりそうになりました。子供の相談をさせて頂く中で、自分の特性にも気づき、そして先生の中にある苦しさにも気づきました。絶対に開けられたくない場所がある、何か頑ななものを感じて。先生が信頼してくれるには、こちらから自分の話をすること。これまでの経験を話すことが、先生を助け、そして先生はこれから出会っていくとんでもなく沢山の人達を助けていくという確信のようなものがあって、話せるだけ届けました。そこにあった化学反応。出会い方は、教員と保護者でも、本当にもしかしたら教員と司書という形で会っていてもおかしくはなかったと思います。どういう出会い方であったとしても、人対人という気持ちを持っていたくて。そんな想いが、先生の心の一番奥深くに届いてくれました。今まで誰も入ったことのない領域に誰かがいる、それは戸惑いもあり、あたたかさも感じてくれただろうなと。そして、同時に私も助けられたような気持ちになりました。その時のことを先生が大切に持ち、心が苦しくなる沢山の子供達を救ってくれていたことが分かり、胸がいっぱいに。「児童心理学を学ぶ上で色々なことに気づいて辛くなることもあって。」子供達の気持ち、そして先生自身の気持ち。「苦しくなったらペースを落としてくださいね。まずはセルフケアですよ。そこが一番大切、そこからまた沢山の子供達を救ってください。」そう話すと、何とも言えない優しい表情で微笑んでくれました。そして、届けてくれて。「お体大切にしてくださいね。」と。卵巣を摘出して、術後の治療に入っていることを唯一知ってくれている先生。家庭内のことも何らかの形で耳には入っているだろう。そっとエール交換をしてくれたことが分かり、感無量でした。昇降口での30分間、夕方のオレンジ色の光が先生と私を照らし、力をシェアし、背中を向けた時間。次の一歩があまりにも軽くて。色々なことが落ち着いてまたこうして校内で先生に会えたら、改めて報告させてください。この言葉の意味、先生はなんとなく気づいているだろう。息子が描いた幾重にも連なった山の天辺にあった旗、そのフラッグを手にした時の景色を先生に聞いてもらおうか。登るのなかなか大変でしたけど、険しかったからこそいい眺めです、その言葉を伝えられるその時まで歩くことにしよう。もしかしたら、頂上で沢山の人達が待っていてくれるのかもしれない。生きることの喜びを教えてもらっているのはいつも私の方。