体調不良も悪くない -長編-

母の二度目の入院前、またかなり凹まされる出来事があり、父が来てくれていたこともあり、入院初日は任せることに。母に振り回されるだけではもう駄目だと思ったからこその行動だったのですが、やはり気になり、電車とタクシーで付き添ってくれた父にこっそりメッセージ。

『明日、やっぱり手術だから行こうか?』と私。『顔を見せてくれたらお母さんも喜ぶよ。』と父。母の感情の起伏が激しいことに父も参っていたので、私が行くことでまた逆に不安定にさせてもいけないと父なりに一人で頑張ろうとしてくれていました。と同時に困惑していたことも分かっていたので、やはりメッセージに安堵してくれて。

手術中、父が待っていた談話室に息子と行き、一緒に終わるのを待っていると、男性の看護士さんが声をかけてくれて、術後の母の元へ。まだ麻酔から覚めたばかりで、顔色も悪く、マスクをした状態で、それでも顔を見たらほっとしました。やっぱり来て良かった。その後、病室に着くと、すぐに嘔吐し、男性の看護士さん二人がとても逞しく見えました。多分、お会いするのは初めてだったんじゃないかな。女性のイメージが強い中で、男性の持つ包容力みたいなものに、今回は助けられた気がしました。
その後、執刀医の先生が、父に説明に来てくださり、「合併症は無いので安心してください。」の言葉に二人でようやく和み、父が思いのほかしっかりしてくれていることに驚いてもいて。
前回は、息子の幼稚園のお迎えがあり、手術時間が伸びたこともあり、父にお願いをして帰って来てしまったので、様子が分かりませんでした。
後から聞くのではなく、こうして肌で感じることで、その時の様子を目の当たりにする。何とも言えない空気感に、私の方が余裕がなく、二回目だった父の冷静さに救われました。

その後、吐き気が治まると、今度は痛みに襲われた母。ベッドサイドに行くと、痛そうにしていて、そんな時に限って貧血が。くらっときて、何とか我慢をしていたら、父が淡々としながらも母に寄り添ってくれていて。それは今まで私の役割でした。私がいたら、父は私に任せていたし、母は私を頼りました。でも、もう違うのだとほっとしたら、余計に目の前が白くなり、父にちょっと休んでくると言い残し、慌ててその場を離れ、談話室へ。

とりあえず、座れたもののぐらぐらする感じはそのままで、トイレに。車いすでも入れるスペースなので座り込み、呼び出しボタンを押してしまおうか迷ったものの、今回は患者ではなく、患者の家族として来ているのだと自覚し、気力だけで立ち上がり廊下へ出ると、車椅子のおばあちゃんがトイレに入るところで、そのままドアを開けて、入りやすいように待っていました。自分が辛い状態の時でも、頭で考えるよりも先に体が勝手に動いてしまう時があって、そんな自分に驚きもしたし、ちょっと笑えてきて。
優しいおばあちゃんが、「ありがとう」と言ってくれた時、じわっと熱くなるものがあり、どうしようもない両親だったけど、彼らからいい所も引き継いでいたのかもしれないなと、ふわっと温かくなりました。

顔面蒼白で病室に戻り、近くにあった椅子に座ると、父が息子と駆け寄り、ペットボトルのお茶を渡して、心配してくれました。「Sまで倒れたら、洒落にならないから、お母さんの隣のベッドが空いているから横になった方がいい。」
多くを語らない人だけど、父は私の性格をよく知っています。ここ一番という時に我慢をしてしまう所も、自分のことを後回しにして、相手を気遣う所も。

前夜、私が病院に行くことが分かると、『お母さんがとても喜んでいる。』というメッセージが父から届きました。『どんな気持ちになっても、二度目の退院までは娘としての役目を果たしたいと思っていたから行くよ。家族はそういうものだと思っているよ。』と伝えると、目を潤ませたスタンプが届きました。気持ち悪い!でも、嬉しい。

母に対して怒っていたし、情けなくも思っていたことを父はよく分かっていました。だから、私にこれ以上無理はさせたらいけないと思ったし、父自身も間に入るのが面倒だったのだと思います。それでも、そういったこと抜きにして、今は家族が結束する時で、負の感情は一旦棚に上げて、娘としてできることをしたいと思った。その気持ちを、父は痛い程感じてくれました。今回のことに限らず、Sはずっとこういった場面で行動してきたのだろうと。

母の隣の空室のベッドにカーテンを引き、「良くなるまで休んでいけ。」と言い残し、膝に息子を乗せて、一緒にテレビを見てくれていました。子供の頃から母によく言われていた言葉、「あなたは体が弱いのに、意志は強いから時々バランスを崩すんだよ。」と。気力だけで頑張ってしまったことが沢山あったけど、なんとかなってきた。でも、父の前でここまで崩れたことは無かったかもしれないな。もっと冷たい人だと思っていたから、余計に父の優しさが胸の奥に届きました。
もしかしたら、もっと前から弱さを見せても良かったのかも。でも、それが「今」だったんだよね。

母の膝の痛みが、そばにいた私に連動してしまったのかな。その痛みを少しでも引き受けようとしていたのなら、もうそれは違う。「子宮に問題が無かったら、酷い貧血だと自覚してね。」と内科健診の優しい女医さんの言葉が蘇りました。
そう、自覚をしよう。もう甘えてもいいんだ。

母のことを任せ、息子も父にお願いして横になっていたら、大分楽になり、ようやく起き上がると、なんだか少し心まで軽くなったような気がしました。「大丈夫か?本当に無理をさせて悪かったな。」「今日は何にも手伝えなくてごめんね。お父さん、後はよろしくね。」
その言葉の意味、分かっただろうか?そっとバトンを渡したよ。私の中にある荷物は自分の手で捨てていく。だから、お母さんのこと、よろしくお願いします。

帰る時、母に、「今日は役に立たないから、もう少し休んでからまた今度来るね。お大事にね。」と伝えると、息子も一緒に、「お大事にね。」と手を振っていて、それを見た女性の看護士さんが微笑んでくれました。「かわいいお孫さんですね。」と。
最後の最後で役に立ったかな。
「母のこと、入院中お世話になります。」とお願いをして帰宅。こうして頼ることを覚えていく。

自宅に無事に帰ったことを父に伝えると、『自分の体を中心に考えた行動をしてください。サンキュー。』とウインクした顔文字が。
父の背中、あんなに大きかったっけ。そんなことを感じた、貧血も悪くないと思えた優しいリレー。