そこにある景色

息子を学校へ送り出し、朝の準備をしているとなぜか急にHOUND DOGの『ff(フォルティシモ)』(作詞:松尾由紀夫、作曲:蓑輪単志)が頭の中で流れ出し、高校2年のバスの中が蘇ってきました。担任は体育の先生で、野球部顧問。みんなで遠足に出かける車内で、誰かが先生にカラオケ歌って~と声をかけると、迷いもなく選曲を始め、大友康平さんに負けない熱さで歌い出すものだから、爆笑してしまいました。そして、野球部男子が「みんな拳を上げろ~!」と言ってくれたので、サビの部分でクラスの仲間達と大盛り上がり。「愛がすべてさ~♪」キャーと言いながらみんなでわいわいやった後、曲が終わると散々熱唱した先生が何事もなかったかのように最前列に涼しい顔で座るので、そのギャップにも笑ってしまいました。野球部が多かった2年のクラス、監督と部員の間でサインでも送られたのか、教室とはまた違った楽しいひとときでした。先生は今も『ff』を口ずさみながら、高校野球の監督をやっているだろうか。野球の精神を教えてくれた一人。体調を崩し、体育の授業を見学した部員の隣にそっと座り、何やら話しかけていた恩師。後からエース君に聞くと、その選手はどんなことがあっても野球の練習を休むことはなかったという。誰よりも頑張っていた、それを監督は見ていた、だからこそ公式戦甲子園予選の最後の試合、9回ツーアウトの打席で、代打で送り込んだのだと。体育で見学した彼に、先生は何を伝えていたのだろう。その光景はあまりにも優しかった。

昨日は、駅近くでスケートができることが分かり、息子と行ってきました。人生初のスケートにわくわくしている9歳児。「ママは、やったことあるの?」「うん、随分昔ね。多分10代の頃。」「え~!30年ぐらい前だよね。」そんなに前か~と自分で驚きつつも何も間違っちゃいないと自分に笑ってしまいました。そして、息子がぽつり。「ボク、初めてなのに、トリプルアクセルができたらどうしよう。」ないない!と散々突っ込み、二人でスケート靴に履き替え、いざリンクの上へ。手すりに捉まり、へっぴり腰の息子を見て、爆笑してしまいました。「トリプルアクセルはどこ行ったの?」といじられまくり。「だって、こんなに氷の上が滑ると思わなかったんだもん。」とぶつくさ。それでも、滑り方を教えると手すりは離さないものの、少しずつコツを掴んで楽しんでくれるように。そして、私も体が覚えてくれていたことに嬉しくなっていると、大切な記憶を連れてきてくれました。そこは、岐阜の小学校。毎年冬になると、体育の授業でスケートリンクに行くことになっていて、そこで自然と身に着いたことを思い出しました。先生が教える訳でもなく、ただみんなで滑ろうという自由な時間。少しずつ慣れていったものの、おぼつかない滑りの中で、さりげなく左腕を掴んで、一緒に滑ってくれたのは同じ議員をやっていたクラスの男子でした。思いがけない展開にびっくりしていると、少し経ち何事もなく離れていくので、いつもの陽気なイメージとは違い驚きました。すると、それをクラスの何人かが見ていて、あの二人はできているんじゃないかと散々茶化される始末。体育の授業ではなく、クラスのみんなで休みの日にスケートリンクに来ているという雰囲気で、毎回楽しかった時間が自分の中で再生されました。体に染みついていたスケート、岐阜での生活が全て自分の糧になっていた。

そして、目の前で息子がお尻からずっこけると、お腹を抱えて笑ってしまい、もう一つ雪の出来事が映像で流れ出しました。それは、大学生の時、マブダチK君の友達でもあり、高校1年のクラスメイトであった男子二人にスキーに誘われ、岐阜のスキー場へ行くことになった時のこと。一人が車を出してくれて、自宅まで迎えに来てもらい、後部座席に乗り込むともう一人の友達が乗っていて、運転手の彼がひと言。「俺はタクシードライバーかよ!!」そのセリフに笑ってしまい、それでも誰も助手席には乗らず、盛り上がりながら岐阜のスキー場へ向かいました。彼らはボード、私はスキーで気持ちよく晴れた日に、三人でゲレンデを滑り胸がいっぱいでした。「Sを外に連れ出せ。」K君が男友達にそう伝えているのはいつもなんとなく分かっていて、だからこそ彼らの優しさが嬉しかった。眩しいぐらいの太陽が雪に反射し、雪の結晶がキラキラしていて、その景色を忘れないでいようと思いました。そんなうるうるの目で滑り降りていると、バランスを崩し、ネットに突っ込み強烈にださい状態で転倒。スキー板がネットに引っ掛かり、上から滑ってきたドライバーの友達に助けを求めると、笑いながら救出してくれて難を逃れました。「上から見ていて、他人のふりをしようと思ったんだけど、板がはまっているのが分かったから助けに来た。」「ちょっとー!!最初から助けに来てよ~。」とわいわい。その後も三人で食堂のカレーを食べて、散々弾けて帰ってきました。大学4年間、苦しいこと沢山あった、その雲の切れ間に光を届けてくれた人があまりにも沢山いて、お腹いっぱい笑わせてくれた仲間がいて、だからどんなに辛くても好転させてやるって気持ちが根底にあるんだなと改めて思い出させてくれました。「S、またな。」そう言っていつも見送ってくれた友達。また会いたいと思える人でいよう、毎回自分に誓った実家の玄関。

「ママ、手を貸して~。」と息子に言われ、我に返り手を握ると彼がバランスを崩し、巻き添えを食って一緒に転倒してしまいました。思いっきり尻もちをつき、氷の上で大爆笑。「ママが転ぶ姿が面白過ぎた!」「巻き込んでおいてそれはないでしょ!」と笑いながら起き上がり、どんくさい親子炸裂。男友達と三人で行ったゲレンデから見上げた山、こんな未来は想像できただろうか。強いハートを持った息子が目の前にいる。そして、10年後20年後の冬、今日という日を思い出す。降り積もった喜びの数々は、溶けてなくなることはないだろう。寒さの辛い冬にも、あたたかい思い出は驚くほど詰まっていた。