何十年後の未来

いつものように学校帰りの途中にある公園で息子を待っていると、小走りにやってきて伝えてきました。「今日ね、学校終わりの遊び場でD君と合流するから早く帰ってすぐに行くよ!」「だったら、帰らずにそのまま行けばよかったね。」「うん、でも帰らないとママがずっと待つことになって心配するから。」「それはありがとう。でも、これからは帰ってこなかったら先に帰るから、気にしないで遊んできてね。」「わかった、みんなの様子で決めるよ!」学校から帰ると、私と公園で野球をやりたいと言って、夕飯後にも付き合わされたことがあった日。それが、連日のように友達と遊びに行くようになり、離れる時は呆気ないんだろうなとそんな彼の成長を嬉しく思いました。D君は、幼稚園時代からのお友達。2年間クラスが離れていたのに、4年生になって一緒になると、そんなブランクなんてなかったかのように引き合う力で楽しそうにしていて。居心地の良さって大事だな。幼稚園の給食をあまり食べようとせず、年中のH先生が「宝物が入っているかもしれないよ。」と言うと、D君も近くで乗ってくれたんだとか。「本当に入っているかもしれないと思ったR君が給食を食べてくれました~。」と後からH先生に聞き、大爆笑。そんな時間そのものが宝物だったんだね。

名古屋で11年ぶりに再会したマブダチK君。いつか彼に会うことができたらどうしても聞いてみたいことがあり、本人に伝えました。「K君、大学を中退したこと、後悔していない?」すると、一瞬口をきゅっと結び軽く微笑んだ後、答えてくれて。「後悔していない。あのまま学費だけ親に払ってもらって、なんの目標もないまま在籍していた方が腐っていたと思う。2年の時に辞めようって決めたのは、あと残り2年間の学費、もったいねえなって思ったからだよ。」「その言葉が聞けて良かった。K君が中退したいって私に言ってきた時、何十年後かしてその決断をどう思うのか聞いてみたいと思っていたの。」自信があった、この人は後悔しないだろうと。「今さ、大卒の人達と仕事をさせてもらう機会も増えて、色々学ばせてもらっている。でも、そこで卑屈になることなく得られるものを大切にしていきたいと思っていてさ。だから、なんにも後悔していないよ。」屈託なく笑う彼の表情に気負ったところは何一つなく、K君の言葉を借りるならば、コイツすげーなと思いました。張り合うよりも、いいものを吸収したい、相手のすごさを認め、自分は何を得られるだろうか、ずっと考えてここまで来たんだろうなと。「K君が中退して、車の旅に出たでしょ。その時間は、長い人生の中で途轍もなく大きな時間だったと思うんだ。その経験が、K君の中にずっと流れていて、今があるんだと思う。」そう伝えると、その日一番のくしゃっとした笑顔を見せてくれました。「そうだな。」と。あの時の俺を知っているお前の言葉は重い、色々あったな俺達、心の中で届け合う想いまで読み取れてしまい、溢れそうなひとときでした。

大学4年、姉の留学しているカナダに母と向かう為、車の旅をしていたK君に連絡を入れると、成田空港まで国道1号で送ってもらうことに。9.11の映像を見た後で、色んな気持ちが交錯していたので、全然格好をつけずにむさくるしくやってきた彼の姿に人間らしさを感じました。「お風呂いつ入ったの?」「数日前、確か茨城の銭湯。」「どこで寝てるの?」「基本的には車の中だよ。」「・・・なんかすごい。」「S、今名古屋に帰っていることおかんには言うなよ!引き戻されるから。こっちは結構楽しくやってるんだよ。」そんな話で、二人でわいわい。その後、深夜に実家を出て、何件ものコンビニに立ち寄り、神奈川県に入りました。その緩やかな深夜のドライブは、彼と私の象徴だったのではないかと今になって思いました。ゆっくり自分が歩いてきた道をなぞる為に、必要な時間だった。その後、最後の最後で高速に乗り、成田空港へ。入り口の検問所でトランクを開けられ、K君が大慌て。「おいおい、俺の毛布とか枕とか入っていて、完全に怪しい人じゃないか!」と笑いながら騒ぎ出すので助手席で一緒に笑っていると、検問の人も恐縮しながら伝えてくれて。「今テロの影響で対策を強化しているんです。すいませんね~。確認取れました!行ってください。」そう言ってトランクを閉められた後も、思いがけない展開にまだゲラゲラ笑えてきて。その後、無事に駐車し、最後まで見送るからとトランクを引いてくれました。「なんだか空港ってテンション上がるよな。俺も一緒に行くみたいだ。」「K君、本当にありがとう。おみやげ買ってくるね。」「みやげ話で十分だ!楽しんで来いよ!」そう言われ、チェックインカウンターでお別れ。彼はどんな時も気持ちよく見送ってくれた。そして、離陸。カナダ行きの飛行機も、テロの標的になっている可能性を考え、入念に検査をした後だったので、予定時間よりも随分遅れてしまいました。それでも彼は、空港近くで車を停め、飛び立つ飛行機を見送ってくれた気がして、見えなくなるまでそこにいてくれた気がして、機内で堪らない気持ちになりました。エアカナダ、メイプルのマークは彼の目に入っただろうか。

それから二十年、あの頃と何も変わらない気持ちで別れ、関東に戻る私に背を向けた彼。先に去って行ったのに、本当は名古屋駅近くに車を停め、タバコをふかしながら新幹線を見届けてくれていたのではないかと思っていて。車の旅、私も楽しかったよ、沢山の時間を共に過ごしたね。振り向くといつもそこにいてくれたんだ。二十年後、今度はどこに旅立とうか。お前の人生だろ、好きに生きろよ、そう言って笑って見送ってくれるに違いない。