良く晴れた日、あまり眠れなかった朝を迎え、慌ただしく身支度をした後、息子と二人で仏壇の前へ。「おじいちゃんにバイバイしよう。ずっとRのことを見守ってくれていたから。」そう伝えると、ランドセルを背負ったまま手を合わせ、何とも言えない優しい時間が流れました。息子と同じ誕生日のお義父さん、これまで沢山の時間を共に過ごし私達家族を見届けてくれてありがとう。今日家を出ます。溢れ出しそうな気持ちをぐっと堪え、背を向き、息子を玄関まで送り出しました。「今日は半日で、おばあちゃんがお迎えに行ってくれるからね。」そう言って、いつものようにハイタッチ。このマンションから送り出すのはこれで最後、バルコニーから空を見上げ、この景色を忘れないでいようと思っていると、息子が歩きながら大きくバイバイ。いってらっしゃい、今日帰るおうちはあなたとの新しい生活の場所だよ、そう思いながら見えなくなるまで手を振りました。全てのことにありがとう。
その後、機嫌の少し悪い夫が自分の片づけを始め、微妙な空気が流れ始めると、かかってきたのは引っ越し業者さん。「少し早いんですけど、もう伺ってもいいですか?」と重たい空気を一気に変えてくれた明るい声で救われたようでした。それから、若い男性二人とご挨拶、あっという間に作業に取り掛かり、目まぐるしく時が流れるので、感慨にふける間もなくスタッフさんが声をかけてくれました。「これで一回目は全部積み終わりました。一度一緒に新居へ行ってもらい、二回目に戻った後、最終確認に来てもらってもいいですか?こちらが終わったら連絡します。」はい、分かりましたと慌ただしく告げ、夫にも「また戻ってくるから。」とだけ伝え、自転車で出発。気持ちよくサイクリングをして現地に到着し、鍵穴に差し込んだ時、泣きそうになりました。ガチャッという音が、本当に次のステージの扉のように思えて。廊下を歩き、リビングに射しこんだ光を浴びた時、自分の居場所を見つけることができたことに感無量でした。そして、深呼吸をする間もなく、ピンポン。スタッフさん早いなと半笑いしながら招き入れ、何もなかった部屋にどんどん荷物が積まれていきました。息子と私のカラーに少しずつ染まっていく。すると、一人のスタッフさんが声をかけてくれて。「Rって書いてあるからてっきりRightだと思ってLを探していたらSが出てきたんです。」ははっ。「Rは息子の名前のイニシャルで、Sが私なんです。」「なんだ、そういうことだったんですね!Lないなあって、右の部屋とか左の部屋とかそういうことじゃないんですね!」と三人で大笑い。そういえば、息子のポジションはライトだったな。そんな賑やかな荷下ろしもサクサク進み、二回目の積み込み作業に行ってもらいました。すると、これまたせわしなく、息子と母が登場し胸がいっぱいに。「ただいま!」「おかえりなさい!」そう言ってハグ。「お母さん、お迎えありがとう!」「初日にお迎えができて嬉しかったわ。ランチにしましょう。」そう言われ、オーブンをテーブル代わりにしてコンビニのおにぎりとスープを食べ、段ボールに囲まれて過ごしたこの時間を忘れたくないなと思いました。無邪気に走り回る息子の様子を見て、安堵共に泣き笑いをしたくなった午後。
二人は、近くのお店へ出かけて行き、ガスの立ち合いの時間があっさりやってきたので、慌ててスタッフさんに電話を入れました。「すみません。ガスの立ち合いがあって、最終確認どうしましょう?」「大丈夫ですよ。今この電話でしちゃいましょう。ご主人もいるし、積み残しはなさそうです。だから再度来てもらう必要はなくなりました。」その言葉を聞き、呆気なく夫との別れがやってきました。私は彼に何を伝えたかったのだろう。今の夫に私の言葉は届かないことが分かっていたので、これで良かったのかなとも。『体に気を付けてね。』と最後に送ったLINE。その言葉の裏側に沢山の気持ちを込めました。“出会えて良かった、結婚できて良かった、あなたと過ごした時間はこれで終わるけど、一緒にいられた時を胸にそれぞれの道へ行こうね。あなたがあなたらしくいられる日を願い、幸せを祈っています。”届かなかった気持ちをここに残しておく。
色んな気持ちの中にいることを知っているスタッフさん達は、別れ際に伝えてくれました。「荷解き沢山あるけど頑張ってくださいね!」と。その大変さはあなたがこれまで抱えてきた大変さではなく、嬉しい大変さだと思うから。飛び立つ私を一番そばで見守ってくれた方達、こちらの表情が柔らかくなったことを感じてくれただろうか。その後、息子は両親宅へお泊り。あんなにバタバタだった一日の終わりに、荷物に囲まれ静まり返った部屋で一人になると、色んな思いがやっぱりこみ上げてきました。低空飛行だったな、それでも飛んだ。ちょっと傷んだ鳥だけど、綺麗な白鳥になれるようにまたここから頑張ろう。そんなことを思いながら、食器棚の引き出しを開けてみると、カチャッとした音と共に、きちんと閉まらなくなってしまいました。え~!!よく見てみると、奥の方で仕切り板が挟まってしまったよう。慌ててスタッフさんに電話で泣きつくと、状況を理解し伝えてくれました。「こちらの説明通りにやってみて。実況しながら作業してね。」と言われ、疲れと重なって大爆笑してしまいました。最後の最後で実況しながら引き出しの奥に詰まった板を取っている自分が滑稽に思えて、新しいステージに行ってもこうやってまた人に助けられていくんだろうなと。「全然取れないんですけど、こちらでなんとかします。最後までありがとうございました。お疲れさまでした!!」そう言うと笑いながら切ってくれました。どうやって取ったかって?クイックルワイパーの先端に両面テープをぐるぐる巻きにして、奥に突っ込んだら、奇跡的に取れました。最後にナイスワーク!と自分に微笑んでみる。
本当に飛んだよ、沢山の人達に助けられながら。新居の玄関で息子とハグをしたその瞬間は、彼が旅立つその日まで大切に取っておく。これからまた、二人の冒険の旅が始まる。