時間の流れ方

息子の誕生日、平日だったので慌てて帰宅した後、毎年恒例のブッフェへ行ってきました。そこで、羽田空港で購入したANAの小さな飛行機のぬいぐるみを渡すと大喜び。それはね、佐賀行きの便に乗る前、空港内で移動中に目に留まった商品で、時間がない中で姉が待ってくれていた大切なものなんだ。レジは混み、セルフレジに立ったものの、もたもたしてしまい、そんな時にネネちゃんが伝えてくれました。「R君きっと喜ぶよ。時間は気にしなくて大丈夫!」どこにいても子供のことを考えているんだね、きっと届いているよ。姉の奥にある気持ちを感じ、なんだかぐっときました。そして、本人に渡すとちょっと羨ましそうに言われて。「ママ、ANAの飛行機に乗ったんだね!」いやいや、楽しんでいる心境じゃなかったよ~と思いつつ、いつかまた乗せてあげることができたらいいなと思っていて。そして、ヤクルトクルーのキッズ会員のプレゼントは気長に待っていてね!と話し、散々食べてわいわい帰ってきました。12歳、おめでとう!干支が一周したね。12年か、やっぱり早いな。

そして翌朝、息子が咳をしていたので、熱を測ってみると平熱でした。「お母さんね、今日新宿の病院へ行かないといけないの。前回みたいに学校で熱が上がってもすぐに迎えに行ける距離じゃないから、今回はお休みする?」そう聞くと、目がキランと光り喜んでいる様子。お誕生日のオプションじゃ!と思いながら、お留守番をお願いすることにしました。学校に連絡を入れ、ちょっと不思議な気分で家を出ることに。すると、一人になりほっとしたのか電車内で仮眠がとれて、チクリと胸が痛みそうな事柄を敢えて取り出してみることにしました。放置せず、向き合おう。それは、佐賀の祖母の告別式後のこと。火葬場まで行かなかったのは、新幹線で帰宅する時間を考えてのこともあったのだけど、実はもう一つの理由があり、母に関する内容でした。名古屋での祖父の葬儀後、火葬場でおじいちゃんが焼かれている最中に母に呼び出され、二人きりの空間で怒鳴られました。なんで電話に出なかったのだと。母と少しでも距離を取ろうとすると、着信が10件連続で入ってきたり、威圧的なメッセージが止めどなく入り、参っていました。そんな中で祖父は他界し、骨となろうとしている時に、わっと言われたことがトラウマのようにもなっていて。何年も経ち、そのことを姉に話すと凍り付きました。私の気持ちを思い、ネネちゃんの中でいろんな感情が渦巻いたのが分かって。だからこそ、今回のことも言えませんでした。あのまま火葬場まで行っていたら、同じことが繰り返されていたかもしれない、おばあちゃんが焼かれている時に母にまた詰め寄られたら、心にひびが入るどころか壊れそうで、自分を守るためにも行かない方がいいと思ったと。博多駅に着き、綺麗な街を眺め、新幹線に乗り、今頃おばあちゃんが焼かれている頃かもしれないと思い、一人そっと手を合わせました。そうしたら、小さい時のことがとても自然に蘇ってきて。名古屋の祖母が乳がんの大きな手術があった日、助っ人で孫の二人を見る為に佐賀からおばあちゃんが駆けつけてくれたことがありました。おばあちゃんがいない寂しさを、もう一人のおばあちゃんが埋めてくれた日、それは私達姉妹にとってとても大きなことでした。そして、お小遣いを渡してくれた祖母、嬉しかったのだけど、甘えられると分かった私はわがまま炸裂。「おばあちゃん、もっとほしい!」そう言うと、子供銀行の紙で作られた姉とよく遊んでいたおもちゃのお札を渡され、一緒に笑いました。おばあちゃんは、もしかしたらそんな思い出を持って旅立ってくれたのではないかと思うと、新幹線の中でやっぱり泣きそうになって。告別式で流れた動画には、私の知らない祖母の人生が詰まっていて、それでもいつも人に囲まれているおばあちゃんらしいなと嬉しくなりました。父の一番下の弟の奥様、叔母さんがぽつりと伝えてくれた言葉がこみ上げて。おじいちゃんが先に逝き、喧嘩相手がいなくなり、おばあちゃんは元気がなくなっていったのかもしれないねと。ずっと気にしていた23年前の出来事。別居をしていた父と母のよりを戻そうと、祖父母は意見が食い違い大喧嘩。それを止めに入った時、とても辛かったのだけど、あれはいつもの日常だったの?!と叔母さんの話を聞いて、ちょっと笑えてきて。おばあちゃん、私の気にし過ぎだったのかな、冷たくなった顔を触ったのだけど、あたたかい気持ちになったよ。新幹線に乗っている私を見てくれているようで、不思議な時間でした。火葬場で同じことを繰り返してしまうのではなく、自分を守る選択をしたら、ゆっくりおばあちゃんとおじいちゃんと過ごした時間をなぞることができました。ネネちゃんには、時が来たら話そうと思います。怖さよりもひとりになって祈りたかったのだと。

新宿に着き、いつも穏和な主治医に会って、プログラマーのMさんとカフェミーティングをしてからまた電車に揺られて帰宅すると、息子が嬉しそうに迎えてくれました。「体が意外と元気だと暇だったでしょ。」「うん。」「なんだかんだ言って、やっぱり学校って楽しいと思うよ。」そう話すと笑ってくれました。いい時間だったね、お互いにね。咳は落ち着き、穏やかないつもの息子が目の前にいて。どう生きるか、誰と生きるか、日々何を思うのか。両親の祖父母から教えてもらったことは盛りだくさん。どのように選んでも最後は笑う、それはもう決めているんだ。