質問返し

随分前に、接骨院の先生が、思いがけないことを聞いてくれました。「中日ファンとして、松坂投手の復活についてどう思いますか?」と。関東に住んでいる、愛知県出身の熱狂的野球ファンの私がどんなことを思っているのか、とても気になってくれていたよう。その気持ちが嬉しく、率直に答えました。

「松坂投手は9月生まれで、私のちょうど1学年下になるので、松坂世代ストライクなんです。横浜高校の時からずっと応援していて、春のセンバツで優勝した時、クールなピッチャーだなという印象を受けたのですが、その年の夏の大会で、ものすごいピッチングをしましたよね。PL学園のピッチャーと投げあった延長戦の試合はずっと観ていました。決勝戦で、ノーヒットノーランを達成した時に、にっこり笑った表情を見て、こんな笑顔を見せる選手だったんだと、なんだか嬉しくなったことを覚えています。西武に行っても、レッドソックスに行っても、私の中ではずっと横浜高校の松坂投手がそこにいたような気がしています。故障が続いて、活躍ができなくなって、引退がささやかれた中で、まさか中日のユニフォームを着てくれると思っていなかったので、こんなに喜ばしいことはなかったです。松坂世代が、皆奮い立たされたんじゃないかと、同世代に不思議な仲間意識を持ったのも、松坂投手がそうさせてくれたのかも。『1勝』が久しぶりの白星で、諦めたらいけないんだなって、色々なことを感じました。」
そう伝えると、「なんかいいっすね。松坂投手って、野球少年の憧れだし、どん底味わって復活してくれる姿が、何とも言えなく勇気づけられますね。やっぱり野球をやりたくなりますよ。」と。

一回り以上離れた先生とのやりとりが心地よく、父が関東に遊びに来た時にその話をしました。「Sはどう答えたんだ?」と、やはり父も私の意見が気になったよう。すると、微笑みながら聞いてくれて、最後にお父さんはどう思う?とこちらから質問返しをすることに。「まずは1勝って思っていたんだよ。1つ勝つことがどれだけ大変なことなのか、今までのことを思うと、やっぱりそうなんだと思う。実際、本当に1つ勝ってくれて、それだけじゃなく何勝もしてくれた。そして、ナゴヤドームにファンを呼んでくれたんだよ。一人の選手が、観客を呼んでくれるってすごいよな。」
あ~、やはり父らしい見解。全体を見ているあたりが嬉しくなりました。松坂投手の“今”だけではなく、これまでのこと。それを踏まえた1勝の価値。そんな姿に、ファンの心は球場へ向かい、チーム全体が明るくなるのだと。
横浜高校が甲子園で大活躍していた頃は、父と自宅でまともに話せなくなっていた時だったかな。こんな風に、あの頃を振り返り、またこうして野球の話ができることを、純粋に幸せだなと思いました。もう、こんな日は来ないと思って諦めていた頃が、今となってはほろ苦い思い出。

そして、全然違う時に、ふと聞いてみました。もしかしたら聞いてはいけないことだったのかもしれないけど、どうしても聞いてみたくて。「お父さん、50歳で出向して、銀行の関連会社で働き始めて、どんな気持ちだった?」「楽になったよ。銀行にいた頃は、必死にしがみつこうとしていたところもあった気がする。今の職場は、格好つけなくてもいいからな。待遇は落ちたけど、ビシッとスーツを着ていく必要もなくなって、くだらない話もできるし、それでも金融の仕事には携われているから、正直ほっとしているよ。」その表情が、建前ではないことが分かって、私もほっとしました。頑張った先に父が勝ち取った、父らしくいられる職場だったのだと。

どうして、今文章を書いているのか。いつか父が質問してくれる日がきたら、こう答えよう。
本の面白さを教えてくれたのは、お父さん。野球の楽しさもね。そんな私が書いてみたら、どんなことになるだろうと思ったから。届いたよ、沢山の人の心に。
父が気づく日は、いつか来るだろうか。