野球と音楽とカフェ

今年の金曜日は、なぜか4時間授業というカリキュラムが組まれ、息子の帰宅は2時前。これは、週の前半に頑張り、ハッピーフライデーはインプットの時間にできるよう気持ちを持っていこうと思った雨の日、一凛珈琲へ行ってきました。その前夜、ネットサーフをしていたら、ふと辿り着いたのがGLAYの『さくらびと』(作詞作曲:TAKURO)。大学を卒業して以来、あまり新しい曲を聴けていなかったので、このタイミングで気づくことができ、一人そっとこみ上げました。東北への復興支援、大好きなアーティストが心を込めて紡いだ想いに、涙が溢れました。さくらびと、私もその一人になれるだろうか。

そんな気持ちを抱えたまま、今日はGLAYの曲に溺れたいと思い、往復の車の中で流し、『BELOVED』(作詞作曲:TAKURO)のイントロにキュッとなりながら、青春時代の懐かしさに包まれて帰りました。そして、息子が帰宅し、慌ただしい日常に戻りながらも伝えました。「今日ね、プロ野球が始まるんだよ。ようやく試合が観られるよ。お母さん観たいな~。」そう言うと、「いいよ!ボクも一緒に観たい!」と嬉しい返事が。彼の大好きなヤクルト。嫌いな薬もヤクルトがあると頑張って飲んでくれるので小さい時から助かっていました。その好きな飲み物が、そのまま球団の名前になっていたことを知った息子は、すっかりヤクルトファン。開幕戦の中日対ヤクルト戦をまさか本気で楽しんでくれるとは思わなかったので、驚きと嬉しさが入り混じった不思議な気持ちで観戦しました。すると、青木宣親選手(ヤクルト)がバッタ―ボックスに立つ前、流れてきたのは『BELOVED』。ああ!今日私車の中で久しぶりに聴いたんです~と、何かがシンクロしたような気がして、堪らない気持ちに。無観客試合なんてなんのその。沢山の感動を届けてくれる野球に、今年もまた魅せられそうです。少し席を外していた私に息子が伝えてくれました。「ママ、今ね4対3、ワンアウトでヤクルトが勝っているよ!白チーム頑張れ!!」そう、その日は白い生地に赤い点線の入ったヤクルトのユニフォーム。そんな淡い記憶が、いつかふと蘇ってくるよ。なんでもない日常が尊いと思える日が。苦労した先にやってくる優しい記憶を時々掘り起こしてほしいなと思いました。ボールがバットに当たる音、選手達の掛け声、キャッチャーミットに収まる気持ちのいい音、無観客だからこその良さを心の片隅に残してくれたら。今年度の卒業アルバムには、どんな出来事が刻まれるのだろう。

3.11の後、ようやく大学図書館に出勤できた時、先輩がそっと話してくれました。「実はね、私の夫、たまたま仙台に出張に行っていたの。職場の皆で松島にいたみたいで、そこで被災したの。高台に避難するからと言ったきり、連絡が途絶えてしまってね。深夜に何度連絡を入れても携帯が繋がらなくて、色々なことを考えた。この人に何かあったらどうしよう、生きた心地がしなかったよ。翌朝、レンタカーでなんとか難を逃れたと連絡をもらった時、放心状態でね。間一髪だったみたい。ほんの少しの判断で生死が分かれたって。Sさんのお姉さんが電話をくれて、妹がオーストラリアから帰ってこられないでいるけど、無事だからと図書館に連絡をもらった時、本当に安心してね。皆が無事でいてくれて良かった。ちょっと気が抜けたよ。」そう言って笑ってくれました。深刻な話はあまり好きな人じゃない、だからできるだけ陽気に、まるで何事もなかったかのように伝えてくれました。それでも、事の重大さや大切な人を想う気持ちは、十分過ぎるぐらい届き、図書館の事務室で涙を堪えるのが大変でした。先輩が大変な時に、心配をかけてごめんなさい。そして、そんな温かい気持ちをありがとう。どちらかというと、プライドが高くて、苦手なタイプな人。それでも、ありがとうとごめんなさいをとても正直に言う方なので、周りから信頼されるのだろうと感じていました。だから、なおさら沁みた。

「お姉ちゃん、大学図書館に何度国際電話をかけても、混線状態で繋がらないの。お姉ちゃんは名古屋だから通じるんだと思う。今回、年度末の忙しい時に無理を言って有給をもらったから、皆に申し訳なくてお母さんとオーストラリアに行っていることを伝えていないの。多分帰省していると思われてる。明日から出勤予定なのに私が行かなければ心配をかけてしまう。飛行機が飛ばなくてまだ出勤できないことを、電話で伝えてもらってもいいかな。ごめんね。」「はいはい、いいよ。どこにでも電話をかけるから言いなさい。」動揺している私を察知し、冷静に対応してくれた姉。再度電話をかけると伝えてくれました。「オーストラリアに行っていたんですね!って女性の方が笑って応対してくれたから安心していいよ。」それが、その先輩でした。夫の無事を確認し、後輩の無事を確認し、笑い飛ばしてくれたとっても優しい人。

最終日、タクシーを相乗りした先輩が降りる時に伝えてくれました。手を挙げて手を振ろうとした私の手を握り、「一緒に仕事ができて楽しかった。教え方がうまいんだなって、それはあなたの良さだと思う。だから私達は助かったよ。これまでありがとう。」まだまだ混乱が続く震災後のタクシー車内。別れがなんだか辛くて。どうしようもなく辛くて。うまく言葉にならない半泣きの私に満面の笑みを浮かべ、手を振る先輩にお礼の言葉を伝えるのが精一杯でした。酔った後に一緒に行った夜カフェ、楽しかったな。今度は私が、仙台へ行く番。