秘密基地のような場所

昨日は、気持ちのいい秋晴れだったので、思い切って少し離れたところにあるカフェへ自転車で行ってきました。事前にネットで調べ、個人店であることは分かっていて。そして、住宅街の中にあるお店へ到着。すると、感じの良い40代ぐらいの女性店主さんが迎えてくれました。あら?初めてのお客さん!という表情であたたかく案内され、一番端の席へ座ることに。そして、心地の良いピアノのBGMが耳に届き、木のぬくもりも感じてほっとしました。昔ながらの雰囲気を大切にしていきたいんだろうなと。その後、抹茶ぜんざいを頼み(先日見た夢につられたのか和菓子を選んでみる)、店内を見渡すといくつもの焼き物が展示されていて、思わず歩み寄りました。お猪口であったり、お皿であったり、形も色も作り手の味が出ていてなんだかほっこり。表現って、本当に色々な方法があって、その人の想いはこういった所にも詰まっているんだなと。そんなことを思っていると、店主さんがぜんざいを運んで来てくれました。器は、やっぱりどなたかのオリジナル作品。そして盛られた中には、葉っぱが一枚だけさりげなく乗っていて、おもてなしの気持ちが届いて。お礼を伝え、食べてみると白玉の柔らかさが絶妙で胸がいっぱいになりました。来て良かった、そう思っていると、端の方で盛り上がっていたのはご年配の男性グループ。知らない方同士が集い、このお店がご縁で仲良くなったことがすぐに分かりました。話題は、野球や政治の話で。いつの時代もそこは変わらないんだなと思っていると、父との時間を思い出して。ピアノの音と共に、記憶のテープレコーダーは巻き戻されていく。

父の銀行員時代、人間関係などでメンタル的に参ってしまった女性の部下の方が休職をし、その後復職は難しく、上司であった父にお礼が言いたいからと恋人と実家を訪れてくれたことがありました。来訪の理由を予め父から聞いていたので、ご挨拶をし、応接間に入って頂くことに。驚く程綺麗で、品のある素敵な女性でした。お二人にお茶を出すと、彼女が話しかけてくれて。「Sちゃん、ありがとう。いつもお父さんからお話は伺っていたの。お父さんには本当にお世話になってね。」話し方も柔らかく、洗練されていて、でも辛い思いをされたんだなと思いました。どうやら父は、彼女の復職を願い、休職期間中も気にかけていたよう。結局、復帰することはできなかったけど、上司のその気持ちが嬉しかったと恋人と直接お礼を伝えに来てくれたことが分かり、父の一面を垣間見ることができました。銀行ではなく、実家に来てくれた、そこにも理由がきっとあるのだろうと。彼女が父に対し、とても敬意を払っているのが分かり、それは仕事に関することだけでなく、一行員を守ろうとした気持ちが伝わっていたからなのではないかと思いました。和やかに三者会談は終わり、玄関でまた見送ることに。二人が帰った後、父にぽつり。「彼女はとても綺麗なのに、彼はチャラかった!」率直な感想を述べると、父も同じような感想を抱いていたのか一緒に笑っていて。「部下の方、とても優しいのが分かって、人間関係で悩んだのもちょっと納得。でも、お父さんのような上司がいて、救われたと思うよ。」そう伝えると軽く微笑んでいました。この人は、本当は人の痛みが分かる人なんだろうなと。だから、銀行で味方もいてくれた。
その後、銀行は合併し、父は危うい立場に。いろんな気持ちを抱え、実家を出て行きました。若い彼女の存在に傷つきながらも、父がその人に弱音を吐いているとも思えなくて。予感は当たり、心身共に弱っている時に電話が入り、母と祖父に気づかれないように車を走らせました。彼女に遭遇した辛さはまだ残っている、というか消えないレベルかもしれない、それでも、私との口約束であった婚姻費用は出し続けてくれている、そのことは忘れたらいけないと思っていて。様々な思いが交錯しながら向かった父のマンション。風邪のケアをし、そしてそこにあったのはやっぱり野球と政治の話でした。なんだか、なんでもない話の方がその時は必要な気がして。しょうがないからやって来た、銀行は大変だろうし私も実家が大変、でも、このひとときだけは昔から変わらないでいようよ、そんな気持ちを込めました。ばかなんじゃないかと自分でも思う。でもね、一番最後に残るのは人からもらった優しさじゃない?そのことをお父さんには覚えていてほしいんだ。一緒に住んでいる訳じゃないから見えないこともある、だからこんな日を忘れないでいて。些細な話で笑い、その場を後にしました。それからさらに数年後、司書資格を取り、残っていた勇気を振り絞って実家を出て関東へ。母からは、Sが抜けたら婚姻費用が下がるから実家を出たことは黙っていてと言われたので、父には内緒にしていて。それでも、勘のいい父が薄々気づいているのはなんとなく分かっていました。そんな時、母から電話が入って。「お父さんが勝手に婚姻費用を下げてきた。Sがちゃんと交渉しないからだ、あなたがなんとかしなさい。」とかなんとかかんとか。一体私はどんな世界にいたんだと心底情けなくなって、さすがに放っておくことに。それから、時が経ち、名古屋に帰省した時、父の車の中で二人で話しました。「引っ越したこと黙っていてごめんね。」「元気でやっていたらそれでいい。」そう言って膝の上に二万円を置いてくれて。それを見たら、どっと泣けてきて。私がなぜ父に黙って家を出たのか、この人は分かっているのだと。その間、何度も連絡しようかと思っていたことも。幸せになれ、その二万円にはそんな気持ちが込められていた。

「Sちんはよくお父さんと話が合うよね。私は間が持たない。いつも何話しているの?」「野球と政治の話。」そう言うと、ネネちゃんは毎回笑ってくれました。本当は、そこに驚く程沢山の想いが凝縮されていて。ドアがガチャリと開き、気が付くとまた他のお客さんがカフェに入ってきた。どうやら常連さんのグループの一人のようだ。映画の話になり、また盛り上がっていて。ここにいるよ、そんな実感が誰かの日々を優しく照らしてくれるのかもしれない。