届いてほしいひと言

息子の中学校の内科検診で、鼻炎を耳鼻科で診てもらうように用紙を受け取ったので、予約を入れ、本人に伝えました。「明日、部活がないから急いで帰ってきて、耳鼻科に行こう。」「え~、めんどうくさい。」とグダグダ。それも想定内だったので、笑いながら流し、当日はそわそわしながら待っていました。が、予定の時間になっても帰ってこず。本当にもしかしたら、勘違いをして直接病院へ行ってしまった?急に部活が入った?とあれこれ思考を巡らせ、帰り道に会うだろうと家を出ることにしました。すると、途中でちんたら歩いている息子を発見。「今日病院だから急いでって言ったでしょ。」(語気弱め)「ああ。」(トーン低め)の短い会話を交わし、そのまま耳鼻科へ向かうことに。すると混んでいたので、のんびり待ち、中学校の制服を着ている彼を急に実感して微笑みたくなりました。幼稚園の時、息子から風邪が移りこちらの方が重症化。全然良くならないので耳鼻科を受診すると、副鼻腔炎になっていることが分かり、それ以来すっかり助けられている優しいご年配の先生でした。まさか、親子でお世話になるなんてね。ようやく呼ばれ、和やかな雰囲気で治療をしてもらい、息子もほっとしたよう。何から何まで体質が似てしまい、なんだかごめんねと思うと同時に、辛い気持ちも分かってあげられて良かったなと思ってみたり。背中がどんどん大きく、そしてゆっくり遠くなっていく。

日曜日の夜、いつものようにお風呂から出てくると、息子が照れ臭そうに、「ママ、母の日のプレゼント!Mさんからとお手紙が入っているから、一人になったら読んでね。」と渡してくれました。どうやら、一緒に買いに行く時間がなかったので、どこかのタイミングで手渡ししてくれていたよう。「ありがとう!とっても嬉しいよ~。」と言って袋を開けると、神戸の焼き菓子と紅茶のセットで感無量でした。そして、お礼のハグをして寝かせ、手紙を開けることに。『ままへ いつもありがとう。大好きだよ。これからもよろしくおねがいします。毎日、応援してくれてありがとう。これからもずっと元気でいてね。Rより』漢字が増えたな、でもやわらかさは昔のまま、そのことが嬉しくて。幼少の頃、自宅にあった自由帳に、『ままおばか』と書かれていたことが蘇り、懐かしくなりました。沢山の思い出があるから、いつでも離れていく心の準備はできているよとそっと届けてみる。日曜日の朝練で、何を持って行けばいいの?と聞いてきたので、お母さんが知る訳ないでしょ!と一悶着あって。まだまだ攻防は続いていく。そして、両親へは父の日も兼ねて、羊羹を送っておきました。物よりも、一緒に旅行に行ったり思い出がほしいのと散々母には言われてきたのだけど、とても難しいのでせめて感謝の気持ちを贈ることに。深夜になり、マブダチK君のお母さんと、小料理屋のママの顔が浮かび、泣きそうになりました。K君のおばさんを思い出すのは、命日ではなく、母の日なんだなと。そのことを彼に伝えようと思ったものの、やめました。余命宣告された時も、亡くなった時も、とても毅然としていたK君。でも本当は私にさえ話していない感情があるような気がして、そっとしておこうと思いました。50代になり、また再会した時、本音を話してくれる時をゆっくり待とうと思います。そして、小料理屋のママには、息子と写った入学式の写真を貼付して、母の日のありがとうを伝えました。すると、翌朝返信に気づいて。『ありがとう。おめでとうございます。お母さんより大きくなったみたいね!頑張ったね。Sちゃんも元気そうで、綺麗よ。』その文面を読み、どっと溢れました。頑張ってねではなく、頑張ったねと言ってくれるのは、世界中どこを探してもママだけなのではないかと。それだけの苦労をしてきた人だからこそ。

二十歳でアルバイトを始めた日本料理店で出会ったママは、二人の男の子を育て上げたシングルマザーでした。お金でとても苦労したことは、いろんな話から感じられて。その後、念願だった小料理屋のお店を出し、そこでも沢山苦戦している姿を見てきました。そんなある日、閉店近くに行くと、まだ常連さん達が何人かいらっしゃる中で、知らない若い男性が食器を洗っていて、ママが紹介してくれることに。「次男なの。」口数の少ない控えめな方で、ママがどんな思いでここまで来たのか垣間見せてもらえたようでした。最後は私だけになり、それでも息子さんが片付けるのを待っているようだったので、ママが言ってくれて。「Sちゃんね、お客さんじゃないから、もう帰っていいわよ。あはは。」と私の顔を見ながらナイススマイル。「自分の食器は洗って帰るので気にしないでくださいね!」と言うと、申し訳なさそうにお礼を言って帰っていってくれました。そして別の日、常連のお客様が、私がママの実の娘だと勘違いしていることが分かり、彼女が訂正することに。「以前勤務していた日本料理店で一緒に働いていたのよ。それ以来のお友達。本当の娘だったら良かったのにね。」そう言っていつもの笑顔を向けてくれました。愛情を目一杯浴びる時。その雰囲気を感じたお客様は、「今でも続く関係、なんだか羨ましいな。本当の親子かと思ったよ。」そう言いながら気持ちよくお酒を飲んでくれました。頑張ったねという今回の言葉には、色々な気持ちが込められているような気がして。ママはきっと、中学の制服を用意することさえ大変だったのではないかと。子育てのまだ途中かもしれない、でもねSちゃん、中学の入学式に二人が笑顔でいられたこと、それは一人で育てる上でとても大きなことだと私は知っている、だから頑張ったんだよ。いろんな想いが流れ込み、胸がいっぱいでした。苦しかった時に、どんな自分も肯定してくれた人に出会えたことは、とんでもなく大きなことだったのだと。そして、それが今に繋がっている。カウンターにしたかったんだ、図書館でもママのお店でも、沢山の対話をしてきたから。いろんな人から受け継いだものがある、自分の色でどこまで届けられるだろう。頑張ったねって、私も沢山の方達に心を込めて伝えたい。