珍騒動を楽しんでみる?

ある土曜日、プログラマーのMさんがこちら方面でラグビーの試合があるからと誘ってくれました。が、息子の部活はなくなったのでお断りをさせてもらうことに。その後、いつものように窓を開け掃除機をかけていると、グギッと腰を痛めたことが分かり体中に電気が走りました。これはまさにぎっくり腰だと自覚し、激痛と共に膝からうずくまってしまって。そして、近くの公園へふらっと遊びに行き帰ってきた息子が、洗面所でこちらを見かけ、「うわっ!」と驚いているので笑ってしまいそうになり、それもまた痛みに襲われて。「どうしたの?!」「掃除機をかけていたら、ぎっくり腰になっちゃったみたい。」「え~!大丈夫?」「痛すぎて動けないから、物置にある湿布を出せる?貼ってもらいたいんだ。」そう話し、腰に貼ってもらうと幾分和らいだよう。それでも痛みは持続していたので、伝えることにしました。「お母さんね、今日のドジャース戦、大谷君がイチロー選手の連続出塁記録を超えるかもしれなくて、とても楽しみにしていたの。なんでそんな歴史的な日にぎっくり腰なの~。」と動けずわーわーうるさい母親に息子は笑っていて。「リビングまで来られない?ボクが見て来るよ!」そう言って戻ってくると伝えてくれました。「第一打席は三振だった!あと20分は打席が回ってこないよ。」実況をどうもありがとうとこちらも笑えてきて。そして、少しでも動くとまた激痛が走る中で、ほんの少しずつ体が動かせる位置を確認し、なんとか廊下には出ることができて。「ボク、チャーハン作って食べるから大丈夫だよ。ママは?」「食欲ないから気にしないで。ありがとう。」何かあった時の為に料理男子にしておいて良かったと心の底から思って。そして、変な動きで少しずつずれていると、再度息子が覗きにきてひと言。「少し進んだね!」私はカタツムリか!と思いながら、彼の素直さにほっこりしました。トイレを封鎖してしまい焦りがある中で、なんとか次の打席にリビングへ到達し、本気で安堵。その後も痛みと戦いながらテレビの前から離れないでいると、第三打席で大谷選手がヒットを放ち、日本人メジャーリーガーとして新記録達成の瞬間を見ることができました。偉人のイチロー選手を偉人の大谷選手が超えたんだなと感慨深くて。と思っていたのも束の間、激痛に襲われ寝転がってしまって。さすがに緊急事態だと思い、息子からMさんに連絡を入れてもらうことに。近くでラグビー観戦をしてくれていたのは不幸中の幸いだな、そして、息子の部活が急きょなくなったことも。ラグビー場でぎっくり腰にならなくて良かった!と本気で思った珍騒動の始まりでした。とほほ。

その後、試合が終わったMさんが駆けつけ、色々と助けてくれました。そして、少しだけ動けるようになったので、干してあった洗濯物を取り入れようとするとまた電気が走る痛みがあり、和室にノックダウン。一切動けなくなり、二人でラーメン屋さんへ行ってもらうことにしました。私の性格をよ~く知っているMさんは、動きたい気持ちは分かるけどとにかく安静にしているように言われ、そんな助言に今回は従うしかなくて、寝たまま見送ることに。そういえば、父が一人暮らしをしていた時も、歯磨きをしていたらくしゃみが出て、それでぎっくり腰になって大変だったと話してくれたなと思い出して。なんとか車に乗り病院へ行ったと教えてくれてゲラゲラ笑ってしまったのだけど、こんなに辛かったのかと全然他人事じゃなかったことに反省。そして、腰に信じられないような痛みが走ったからこそ、大事なことを思い出しました。祖父が脳梗塞の手術をして、退院した後、自宅で抱きかかえなければならないことが何度もあり、介護の大変さを身に沁みて。ヘルニアの母に同じことをさせたら、確実に悪化させるなと。父はすでに別居、姉は大阪、私が倒れる訳にはいかない、でも男の人がいてくれたらなと深夜に心細くなりました。その時、入院中の看護士さんの動きを思い出して。車いすからベッドに祖父を移動させる時、私よりも小柄な女性の看護士さんが一人でやっていたなと。あの時、ぐっとおじいちゃんを抱き、一瞬力を入れるポイントがあった。てこの原理じゃないけど、自分の体重をうまく使っていたのかなと。患者さんを不安がらせないように、そして自分も痛めてしまわないように、その少しの瞬間にプロフェッショナルな姿を見せてもらえたようでした。めげてなんていられないな、肌と肌が触れ合った時、おじいちゃんに安心感を届けられるように。
ふと我に返ると和室で1時間も動けないでいて、ようやく体を少し回転させ起き上がろうとすると、叫びそうな激痛に襲われ、ダンゴムシのような格好で固まってしまいました。朝から何やってるんだろう、息子に動画でも撮られていたら一生ネタにされていたなと笑えてきて。でも、夜の6時からヤクルト戦、観たい!!少しずつずれたらリモコンに手が届くかなと、また試行錯誤が始まって。あと5センチ、あと1センチ、届いた~と歓喜してナイターの音が聞こえてくると、少し元気になりようやく座ることができました。この1時間半もったいなかったなと思いながら、野球にも助けられた一日だったと。それから息子はご満悦で帰宅し、相変わらず痛みと戦っている私を心配しながら伝えてくれました。「ママ、ボクが部活だったらどうなっちゃっていたんだろうね。」「多分、ずっと洗面所でもがいてた!助けてくれてありがとう。」「旅行先だったら詰んでたよ。」おっしゃる通りで。老後は一人でなんとでもなる!とこれからは言いづらくなるな。ママ、一人で頑張らなくていいよ。そんなメッセージ、届いているよ。

今日はぎっくり腰から3日目、相変わらず痛みと戦い、服を着るのも一苦労でした。しゃがみ込めない、靴下が履けない、すると祖父の困難さも自分のことのように分かって。思うように体を動かしたかったおじいちゃん、その負けん気は本物で驚異的に回復してくれました。自分のことは自分でせんといかん、それが口癖で。「Sちゃん、出産おめでとう!」母がサポートをしてかけてきてくれた祖父からの電話は、一方的に話し、耳が遠くなったおじいちゃんは私の声は聞こえませんでした。それでも、想いは届いていたらいいなと。ありがとう、そして、おじいちゃんが密かに抱いていた夢叶えたよ。男の子、そこにきっと大きな意味がある。そんな気持ちで電話を切りました。ぎっくり腰、不便なんてもんじゃない、でも気づかせてくれた沢山のことがあって。たまには人に甘えてみるのもいいものだ。健康は当たり前じゃない、その恩恵を忘れないでいようと。さあ、ゆっくり元気になってまた神宮へ行こうか。