やわらかい風に揺られて

昨日、ようやく少しだけ時間ができ、朝マックにでも行ってこようと思っていたら、ドジャース対ブルージェイズの試合がやっていたので、思わず見入ってしまいました。ゆっくり思考を巡らせ、だったらテイクアウトにしようとさっと家を出て、マックグリドルをゲットすると顔馴染みの女性店員さんが伝えてくれました。「ありがとうございました!いってらっしゃい!」家に帰るんだけどなと笑いを堪え、そんな気持ちのいい言葉に一段上がれたようでほっこり。ナイススマイルの店員さんにも、いいことがありますように。その後、メジャーリーグを観ていたら、急に思い出して。ヤクルト戦、チケットを取るだけ取って発券していなかった!と大慌て。2年生の部活予定表が配られてから日程を見て大丈夫と分かった時点で発券をしようと思っていたのに、すっかり忘れていたとひと騒動が待っていました。落ち着け、ととりあえず自分に言い聞かせてみる。息子にぼこぼこにされる(そんな訳はない)、取れなかったのはごめんだけどあんたの不注意で自転車がなくなったんだからおあいこじゃ(親としてどうかと思う発言)とあれこれ考え、少し冷静になった後、随分前に送られてきたメールをようやく見つけました。急いでコンビニへ行き、申し込み番号を入力すると、試合の詳細が出てきてほっ。レシートを店員さんに渡すと、すでにオンラインで支払っていたことが分かり、ずっこけそうになりました。発券は試合の前日までにすれば良くて、こんなに急ぐ必要はなかったなと。そんなこんなで、雨天中止にでもならない限り行けることが分かり、本気で安堵した朝のプチ騒ぎでした。やることが多すぎるとこんな日もある、と開き直ることにして。杞憂、そんなことの連続だな。

今回の息子の自転車盗難被害騒動で、意外にも大事な書類があっさり見つかったので、大学図書館勤務時代のことがふわっと思い出されました。自分が退職する前、1週間の引継ぎ期間を頂けることが分かり、予めできることはなんだろうといろんな視点から考えて。直接口頭で説明させてもらっても、経理関係の仕事は10日締めで、引継ぎは月末であって実際に一緒に処理をするのは難しいよねとぐるぐる。だったら、可能な限りマニュアルを用意しようかと思いました。私自身が前任の方から引き継いだ仕事だけでなく、先輩から引き継いだもの、女性の上司から引き継いだものもあって。段々慣れてくると、他の業務にも興味が湧き、少しずつ仕事量が増えていったので、それをいきなりボンと渡すと負担になってしまうのではないかと。まずは自分が頭の中を整理すること、優先順位を明確化すること、一か月のカレンダーを作りこの時期にはこういった仕事が待っていると可視化したら安心してもらえるだろうか。真っ白のWordの前で業務内容別に、できるだけ分かりやすく箇条書きにして、スペースを空けて書き続けました。時に画面コピーを取り、①②と手順を記し、ここのことだよと丸で囲んで。それを内容ごとにファイリングし、若い女性の方に引継ぎしながら困った時はこのファイルに載っていますと伝えると、ほっとしてくれて。自分がその時やれるだけのことをやって退職。その数週間後、先輩が明らかに笑っているメールを送ってくれました。こちらが作ったマニュアルの存在に気づいて、あまりにも詳細だったのでそれがいかにも○○さんらしいとお礼を言われて。ありがとうの気持ちを込めたかった、その置き土産の真意を先輩は気づいてくれたのだろうと。それは、ただの引継ぎ資料ではありませんでした。2手も3手も先を読んで作ったもの。一緒に1週間お仕事をさせてもらった彼女にやり方を伝えたかっただけじゃなく、その方が何らかの形で急に退職することになってもまた次の誰かが困らないように。そして、本当にもしかしたらこちらがやっていた業務を二人で分担するかもしれない、だから仕事内容ごとに分けてファイリングをしておきました。彼女はどこかのタイミングで先輩に質問をする可能性がある、その時にマニュアルのことに気づき、そうそうこのやり方だったと私が先輩から教わったことを本人が思い出し、笑ってくれるその時間が想像できていて。お礼のメールはまさにそんな内容で、懐かしさがこみ上げました。ぐるっと巡った時間、そのマニュアルの一部だけでも、まだ図書館事務室の片隅に残っているだろうか。

祖父に、戦争の本が読みたいのであれば、毎回購入しなくても図書館に行けば借りられるよと伝えると、それからすっかりヘビーユーザーになり、ある時伝えてくれました。「おじいちゃんな、自分が戦っている時、他の場所で何があったか知りたかったんだよ。どれだけの被害があって、どれだけの被害者が出て、それを書物ではどう語っているのかいろんな見解を知りたいと思った。記録に残すって大切だな、いろんな議論があっていいと思う。図書館に沢山の関連書籍があって、おじいちゃん嬉しかったよ。」祖父は、いつもどこかで苦しそうでした。それは本人も自覚がなくて、だからこそ荒れた時もあったし、でもだんだんと丸くなっていきました。それはもしかしたら、本を読み、祖父は自分との対話を知らず知らずの間にして、探していた答えを見つけたからではないかと。その作業は容易ではなかったはず、でもおじいちゃんは目を背けませんでした。どこかで折り合いをつけた、そんな気がしました。知りたかった、その気持ちが祖父自身を助けた、そして私は、司書としてもしかしたら一番大切な仕事をしていたのではないかと思いました。誰かの想いが詰まった本を、届いてほしいと願う人に渡した。祖父が借りてきた戦争関連の本を何気なく開くと、出版年は古いのに中身は新品同様でした。誰の手にも触れられず、図書館の片隅に眠っていたのだろうと。でも、読んだおじいちゃんの心は動いたようでした。沢山の人に触れられなくても、価値のあるものは確実に存在する、沢山のことを祖父との時間から教わったような気がしています。夏が来て、秋が来て、冬が来て、そして春が来る。その循環の中にいるから、何気ない瞬間に忘れたくないことを思い出すのかな。祖父のそばにあった本の匂い、これからもそっと抱きしめていよう。誰かがまたこの想いを受け取ってくれるかもしれない。