息子と先生からの贈り物

先日、幼稚園で敬老参観がありました。
祖父母が園児とふれあう日、都合が悪ければ親が行っても大丈夫というものです。
去年は母にお願いしたのですが、今年は本当に色々あってなんの連絡もしないまま私が行くことに。

1月に、ある方に言われました。
「お母さんの問題はお母さんのもの、あなたの人生はあなたのもの。自分の人生を歩まないともったいないよ。気づいて良かったね。」
母がどんな精神状態でも、ずっとそばで支えてきました。夫や息子がいてくれても、いつも頭の片隅で母の心配をしていました。
それはとても苦しく、ただただ必死で、私の中では当たり前のことだった。
でも、それが間違っていたとようやく気づいた時、あまりにも大きな空虚感と罪悪感で自分を見失いそうに。
そんな私を支えてくれたのは、夫であり息子でした。「ボクたちがいるからね。」小さな手で一生懸命抱きしめてくれた温もりを決して忘れることはないです。

母と距離を取る事は、お互いの為。そう思えた時、少しずつ楽に。
母が頼るべきなのは私ではなく父。そのことにようやく気づいた、今年初めの出来事です。

敬老参観に行くと、保育室の半分以上は祖父母の方達で、また自分を責めてしまいそうになりました。
でも、息子はたった一度も「おばあちゃんは?」と聞かなかった。
そのことが嬉しくて、切なくて、一緒に工作しながらぐっと堪えた時間。

ふと、後ろを振り返ると夏の思い出の絵が掲示してあり、息子が言っていた花火とオレンジが描かれていました。よく見てみると、二匹の魚も。
「なんで魚がいるの?」と聞いてみると、「おばあちゃんとみんなで水族館に行ったことが楽しかったから。」という返事。
去年鴨川シーワールドに行った時のことを、ずっと大切に覚えていたことが分かり、とても辛かったけど、とても優しい息子を感じました。

なかなか会えなくなっても、母のことをどこかで大切に想ってくれていた。

保育室のおもちゃ箱に、息子のお気に入りのくまのぬいぐるみが入っていて、「リボンが付いているから女の子?」と聞いてみたら、「そう、くみちゃん。」
4歳児なりにひねった女の子の名前が、堪らなく微笑ましくて、ほっとできたひとときでした。

保護者の方に、園児からのプレゼントは、先生が撮ってくれた息子の写真をラミネートした栞。
そうだ、私は図書館司書だった。このことは、今までの自分を支えてくれていた。
先生、私が一瞬微笑んだ顔、気づいてくれたかな。こんな状況の中で、思い出させてくれたことにお礼が言いたい。
「ママ、いつもありがとう。」と言って渡してくれた気持ち、何倍にもして返したいと思った息子の温もり。