刺激をもらおう

最近はまってしまっている図書館での執筆。日曜日の天気のいい日、息子は少年野球へ行ってくれたので、開館前にやってくると、思いがけず列ができていて驚きました。明らかに高校生や大学生の方達。そして、開館と同時に消毒と検温を終えて入っていくと、椅子取りゲームに負けてしまいました。いつもの窓際の席があっさり埋まってしまったので、仕方がなく長いテーブル席に座ると、左前は高校生の女の子、右前は男子大学生さん。そして、一つ席を空けた左隣はこれまた男子大学生の方で、電卓でずっとカタカタやっているので、経済学部の方?と想像を楽しんでいると、蘇った一つの記憶。音って相当刺激をされますね。

大学2年の時、教職課程の中で、経済学の講義がありました。話し方も上手く、金融の裏話も盛り込みながら、学生さん達を引き込んでいってくれた50代ぐらいの男性教授。興味深い話を、講義の合間に入れてくれることで飽きることなく90分を終えることができていました。そんな教授は、試験のヒントになるようなことまで話してくれたので、気持ちに余裕を持たせてくれて、それがどれだけ有り難かったことか。「僕の試験はね、ポイントさえ押さえればきちんと受かるから、それだけ取りこぼさないように。あと、必ず電卓を持ってくること。計算問題も入れます。」そう言われ、頭に入れたものの、連日試験の睡眠不足の中ですっかり電卓のことが飛んでしまい、講義室で皆が持っていて慌てました。どうしよう、この試験絶対落としたくないと思っていたのに。そろばんも、岐阜の小学校に転校になった時中途半端にやめてしまったなと、よく分からない後悔まで押し寄せ、受ける前から半泣き。それでも、色々な局面で乗り越えてきたよね、諦めるのはまだ早いと楽観主義の一面が自分を引き上げてくれました。

以前、高校受験の時、陸上部ですっかり成績が落ちてしまった後、お年玉で冬休み限定の予備校に通いたいと母に直談判をしたことがありました。焦りではなく冷静な私の気持ちを理解し、応援してくれた母。そこで、英語の講師が面白いことを話してくれて。「試験監督をしていると、目の前のテストにいっぱいいっぱいの学生さんはすぐに問題に取り掛かるんだよ。でも、余裕のある学生さんはまず試験問題にざっと目を通してから始める。別に順番なんて関係ないんだよ。与えられた時間の中で、自分の得意とするところから始めてもいい。全体を把握してから答えを書き始める学生さんは、しっかりと準備をしてきたんだなって感じる時があります。」なるほどなって思いました。中学校の社会科教員のテストは、1問1点の時もあれば、クロスワードのような問題の時もあり、毎回予測不可能な問題のオンパレードでした。テスト用紙2枚終わってやれやれと終わっていると、2枚目の裏にまだ試験問題が続いていたり。やってくれるなと、皆をにやりと笑わせてくれるそんな先生のテストも大好きでした。試されている、試験内容だけでなく、心理状態まで。世の中そんなに甘くないぞ、どんな時もそう言われているようでした。

そんな沢山の記憶が電卓を忘れたことで一気に蘇り、それがいい感じの余裕に繋がってくれた本番。試験用紙が配られ、まずは一つ深呼吸。50分の時間でどこまでできるか、試験内容を全部読んでから優先順位を決め、これなら落ちることはないと確信しました。自信のある問題を先にこなし、電卓が必要な計算問題に、時間が費やせるように準備。そして、電卓を忘れたのでひっ算で頑張りますとひと言添えて、こちらの意地を見せておこうと思いました。皆がカタカタやっている中で、ひたすら書いては消しの繰り返し、そこまで数字が大きくなかったことに安堵しながら、答えが間違っていたとしても、式があっていれば、少なくとも問題の意図は理解していると判断されるのではないかと、ダメ元で計算式も書き、その時やれる全てのことをやって終了。手応えは上々。教授が予めヒントを出してくれていた問題がドンピシャで解答できたおかげで、電卓の問題にゆとりが生まれたことは大きくて。そして試験結果、80点。上出来でした。電卓を持って行っていたらもう少し伸びたな。でも、持って行かずに取れたこの試験結果は大きい。先生が真っ黒になったひっ算の痕を見て微笑んでくれたのなら、なお満足です。

中学校の社会科教員、授業中にマウンテンバイクで琵琶湖を一周した話をしてくれました。「学生の友達数人で若いうちに周っておこうという話になったんだよ。それで、できるだけ荷物を減らそうと地図を折りたたんでポケットに入れて気持ちよくサイクリングしていたんだけど、段々疲れてきてさ。地図を見るとあと少しだから頑張ろうということになったんだけど、折りたたんでいたから地図の見方を間違えていたみたいで、広げたらまだまだめちゃくちゃ広くてさ~。それ見た時、皆でショックを受けて琵琶湖の広さを完全になめていたよ。それでも、どうしてもやり遂げたくて、この若さにしかできないことがあるような気がして、大変な思いを仲間と成し遂げたくて、何とかゴールしたんだ。嬉しかったな。」そんな失敗や経験を、何とも言えない感慨と共に伝えてくれた先生を見て、届けようとしてくれているものの大きさも、生きていくことの難しさも優しさも、その時にしかできないことを逃すなというメッセージも受け取れたような気がしました。
社会科教員、この人に出会ったから選んだ社会科の免許。3年間の社会の授業よりも、もっと大切なことを教えてくれた恩師の生き様は、今も心に流れている。